短編

□one and only
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「……っ」

 深夜のベッドの中、不意に訪れた覚醒。

 悪夢を見たときのような動悸もなく。
 意味のない寂しさや、怖さもない。

 ああ、そうかと。

 胸にあるのは、理由なき確信。



「ふっ…」

 涙がでてくる。
 嗚咽を堪えることが苦しいくらい、涙があふれて止まらない。


 隣に眠る人。
 いつも厳しく張り詰めている目元が、こうして眠っているときだけは柔らかい。

 オレンジ頭の友人いわく、任務中などは寝顔もキツいらしいから、こうして自分と過ごす時間は安らげているのだと分かって嬉しくなる。

 だめ。
 だめだ。泣いたら、声を出したら、この人を起こしてしまう。

 なのに涙が止まらない。
 何で。どうして。
 どうしよう。

 そろりそろりと身体を起こす。
 涙があふれて止まらない目元を隠すように、両手を顔に押し付ける。

 声を殺す。
 息を止める。
 身体が震える。


 任務から帰還したばかりだから、いつもより深く眠っているようだ。
 疲れているのだろう。
 隣に眠る人は、起きる気配もない。

 規則的な寝息。
 安らかな体温。
 生きている音。

「ふぅ…っぇ」

 どうしよう。
 どうしよう。

 ああ、分かってしまった。
 自分が何に泣いているか、分かってしまった。

 怖いんじゃない。
 寂しいんじゃない。
 痛いわけでも、
 苦しいわけでも、
 切ないわけでもない。

「ぅ、っく……」

 鍛え上げられた腕が、パタパタとシーツの上を移動している。
 探されているのだと分かり、また涙があふれてくる。

「、っふ……」

 やがてその腕が伸びてきて、探し当てられた。
 そうしたら、眠ったままの身体が寄ってきて、腰に腕が巻き付いた。
 頬を太股に押し当てるような格好に落ち着いて、そのまま動きを止めた人。

 どうしよう。
 ねえ、どうしたらいい?

 涙が止まらない。
 あふれて止まらない。

 この体温が愛しい。
 この呼吸が愛しい。
 このひとが愛しい。

 ああ、もう、離れられない。


 たとえこの人に拒まれる日がきても。

 遠くない過去の自分に、嘘をつくことになっても。


 共に苦しんだ、兄弟のような存在たち。
 生きていてほしくて、下らない取り引きに応じた。

 彼らが、そう長くないことは分かっていた。
 けれど、少しでも長く生きていてほしくて。
 その時間を伸ばすために、自分を切り売りした。

 期限のある、もののはずだったのに。


 ごめんね、ごめんね。

 今、いったんだね。
 もう、いないんだね。
 血の繋がらない、けれど大切な家族たち。
 最後の一人は、二つ下の男の子。

 あなたが、今、いったんだね。

 きっと教団は、その事実を知らせてくれないだろうけど。

 会いに来て、くれたのだ。

 本来なら、ここで、教団とはサヨナラ。

 そのはずで、そのつもりで、ここに来たのに。

 きっとあの子は、お別れに来たんじゃなくて。

 もういいよ、って。
 そこから出ていいよ、って。

 伝えに来てくれたのに。

 ごめんね。
 ごめんね。


 涙が止まらない。
 あふれて止まらない。

 この体温が愛しい。
 この呼吸が愛しい。
 このひとが愛しい。

 離れられないの。


 涙が止まらない。
 あふれて止まらない。


 どうしよう。
 幸せなの。


 どうしようもなく、

 幸せなの。


 苦しんで、寂しさのなかで、いったんだろう。
 そして、それなのに、来てくれたんだろう。

 なのに。
 私は。

「ご、めんね、ぇ……っ」

 ごめんなさい。
 ごめんなさい。

 幸せなの。

 この体温が、
 この呼吸が、
 このひとが、
 この存在が、

 愛しくて。
 愛しくてしかたなくて。

 幸せで、しかたなくて。

「ごめ、なさ…っ」

 共に苦しんだ、兄弟たち。

 血の繋がらない、家族たち。

 ごめんなさい。
 ごめんなさい。

 あなたたちを、

 選べない。

 ごめんなさい。
 ごめんなさい。

 私は、

 あの日の自分の誓いと、
 あの日のあなたたちとの約束と、
 あなたたちが残してくれた優しさを。

 ごめんなさい。
 ごめんなさい。


 ぜんぶぜんぶ、裏切ります。




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