短編
□破壊のライン
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黒の教団、食堂。
その広大な面積に相応しく、数えるのも億劫になるほどのテーブルが並んでいる中にありながら、一際目を引く一角がある。
エクソシストの証である黒いコートを身に纏った二人の少年───正確には、うず高く大量の食器を積み上げている白髪の少年と、それを呆れたような目で見やりつつ、珈琲を啜っているオレンジの髪の少年。
最年少エクソシストであるアレンと、ブックマンの後継者、ラビである。
「あ、ラビ、珈琲おかわり行くなら、ついでにみたらし団子50本追加オーダーしてきてください」
「ごじゅ……、アレン、まだ食うんか?」
「軽いデザートですよ?」
「……寄生型って」
はぁ、と溜め息を吐きつつ、それでも頼まれたとおりにオーダーを済ませたラビは、テーブルにつこうとして改めて見た食器のタワーに、呆れを通り越して感嘆する。
「……」
巻き添えを恐れて誰も近くを通らないからいいものの、混雑の中になれば一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
こまめに片付ければいいと思うが、このタワーを築き上げるまでに要する時間の短さと、ピエロの経験で培ったのであろうバランス感覚で見事に運ぶ食後のアレンを思い出せば、まあいいかとも思う。
本人は知らぬことだろうが、アレンのタワー運びはある意味で食堂の名物になっている。
危険を伴うとはいえ、とにかく娯楽の少ない教団のこと、それくらいの楽しみはあっていいだろう。
まあ、アレンの築くタワーは既に周知だし、その一帯への不可侵命令をジェリーが掲示している。
その上で近くに来るような猛者も馬鹿もいないだろう、と新しくもらった珈琲を一口含んだ瞬間。
ガッシャァァァァァン!!
耳をつんづくような不吉な大音響が食堂に響き渡った。
「ぶふっ!」
ラビはその音に珈琲を吹き出し、
「うぇ!?」
アレンは30本目のみたらし団子を喉に詰まらせた。
「まさか……!?」
口の周りを汚した珈琲を拭きつつ、おそるおそる見やったそこに、やはりタワーはなかった。
自然とバランスを崩したのかと疑ったが、団子を喉に詰まらせたままのアレンが、荒い呼吸のまま、必死に誰かの服の裾を握っていることから真相が見えた気がした。
「………ユウ」
やってしまったのだろうか。
誰もが知っている、近づいてはならない領域に足を踏み入れてしまったのだろうか。
まさか、こんなことが起ころうとは。
食堂中の視線が、黒髪のエクソシストに集中する。
呆れたような、冷ややかなような、どこか同情的なような、それはもう複雑な視線だ。
「離せモヤシ!」
何とか逃げようと裾を掴むアレンと攻防を繰り広げているということは、どうやら神田も自分の非は認めているらしい。
さてどうしたものか、とやっとラビの脳みそが動き出したのと同時に、厨房から、地を這うような声。
「あらぁぁぁぁ?」
料理長、ジェリーだ。
料理を愛し食器を愛する彼だか彼女だかは、こめかみにハッキリと青筋を浮かべながらも、笑顔のまま言う。
「神田? 言い訳はあるかしら」
ボスに見つかってしまったことで、逃亡は諦めたのだろう。
冷や汗をダラダラ流しつつアレンの手を振り払い、引きつった口許を無理やり動かし、神田は言った。
「お……、『俺たちは破壊者だ』」
「そこでそのセリフ出すのかユウ!?」
「台無しですよ神田!」
「破壊していい物と、悪い物があるのよ! それを分からせてやるわ!」
そう言い切ったジェリーの手によって、神田は厨房の中へと連行され───
豪奢な日本髪に結われた神田が、土気色の顔で、ウェディングケーキかと思うような物体をフォークでつついていた、という目撃証言が出るのは、その翌日のことである。
(破壊されたのは、神田のプライドと胃)