短編小説
□温泉旅行で…
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温泉地の中心部からは、少し離れた、閑静な場所。街道から急な坂道を降りたところに宿はあった。
前日の降雪でわずかに積もった雪に足跡を残しながら歩き、宿の母屋の玄関に入る。
母屋でチェックインをすませると、客室に案内される。客室は、全部で8室。離れになっており、全て独立した棟になっている。
案内をすませた宿の者は、チェックアウトするまで、離れに来ることはない。
客室は、和室にベッドルームを備えた、和洋室。布団を好む人のために、和室に敷くことができるよう、押入れには、布団も入っている。
アスランは、和室を見回し、ちょこんと座る。畳が珍しくて、畳の目を指でなぞってみる。育った家も、今住んでいる家も、訪れたことのある人の家も、洋風で床はフローリング。和室には、なじみがなかった。
和室の窓から見える雪景色は綺麗で、アスランは上機嫌だった。
シンは、アスランとは別の意味で、上機嫌だった。
アスランさんと温泉旅行!
たまには旅行に行きましょうよ。冬といえば温泉でしょう。
え?他の人とお風呂に入るなんて嫌だ?大丈夫、ちゃんと貸切温泉があるところにしますから。俺と二人で温泉に入りましょう。
え?お前と二人きりでも嫌?あのねぇ、アスランさん、男同士、一緒に湯に浸かることの、どこに問題があるっていうんですか?家のお風呂に一緒に入るのが嫌だっていうのは、まぁわかりますよ。狭いし、客観的に見て男二人で入るのは変だって、あんたが思うのも、わかります。でも、広い温泉に男同士浸かるなんて、普通ですよ、普通。
そんなに裸を見られるのが嫌なんですか?あんたの裸はもうすでに何度も見て……って、いや、失言でした。殴らないでください。
温泉で、なんかエッチなことされると思ってるんですか?嫌だな〜。大丈夫ですよ。変なことしませんって。のんびり、ゆったり、温泉でくつろぐ、ただそれだけのために行くんですよ。
行きましょうよ。ね!ね!ね!
シンの熱心な説得によって、アスランは温泉旅行を承諾した。
シンは喜んでいい宿を探した。そして選んだのがここ。邪魔の入らない離れにある客室。そして、最大のポイントは、部屋に備わった、内風呂と露天風呂!
のんびり、ゆったりくつろぐ、そんなことがシンの目的であるはずがなかった。変なことしません、なんて、嘘に決まっている。
アスランさんと温泉でエッチ!
目的は、実は、ただそれだけだったりする。