長編小説

□10月29日 アスランSide前編
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 目覚まし時計が鳴っている。
 頭がぼーっとしている。でも、起きないと。目覚まし時計を止めて、パジャマのまま、台所に向かう。
 
「おはよう」
 俺はシンの前に座った。
「おはようございます」
 テーブルには、俺の分のパンとコーヒーがある。シンが飲むのは牛乳だけど、俺のためにコーヒーを入れてくれている。

 俺と違って、シンは早起きが得意だ。俺の目覚まし時計の音で起きているらしい。自分の部屋の目覚まし時計を鳴らさなくてすむから、いいですよと、音がうるさくて迷惑じゃないかと尋ねた時、言っていた。
 俺とシンは、同居している。俺達は、兄弟みたいなものだ、と俺は思っている。
 シンが、どう思っているのかは知らないけれど……。

 パンを食べているうちに、やっとちゃんと、目が覚めた。
 一度寝室に戻って、着替えた。シンのお弁当を作るために、エプロンをつける。俺は大学の食堂で食べるから、お弁当はシンの分だけ。以前は、シンのお母さんが、お弁当を作ってくれていたらしい。最初、お弁当を作って渡した時、シンは驚いていた。喜んでくれたので、嬉しかった。
 俺は幼い頃から、母に料理を教わっていたので、料理は得意だ。お弁当を作り終えて、エプロンをはずした。

 シンにできたお弁当を渡す。シンは、俺より先に、家を出る。
「いってきます」
「あ!シン、ちょっと待て」
 シンを呼び止めて、俺はハンカチを濡らしてきた。
「歯磨き粉、ついてるぞ」
 笑いながら言って、シンの制服の胸元を拭く。どんな歯の磨き方をしているのか、シンは時々、服に歯磨き粉をつけている。俺はそういう経験、ないんだけどな。
 シンは、なんだか、子供っぽい。こんなふうにしていると、弟の面倒を見ているような気分になって、楽しい。
「はい、これでよし。いってらっしゃい」
「いってきます」
 俺は、外までシンを見送る。自転車に乗って走るシンの背中を見ていたら、シンが振り返った。止まらずに、後ろを向くなんて。
「こら!振り返るな!危ないだろ!」
 俺はシンをしかった。
「はーい、ごめんなさい」
 シンの声は、反省してるふうじゃなく、嬉しそうだ。しょうがないやつだな、と俺は苦笑した。


 俺とシンの出会いは、俺が高2で、シンが中3の時。
 家庭教師として派遣された先が、シンの家だった。第一印象は、生意気そう。
 勉強が得意でも、人に教えるのは難しいと、教え始めてすぐに痛感した。つい、堅苦しい口調になってしまい、伝えたいことが上手く伝わらない。
 特に、数学は説明に苦労した。俺は数式を見た瞬間に答えがわかる。どうしてわからないのか理解できなくて、上手く説明できない。シンがイライラしているのがわかって、辛かった。
「あんた、説明下手。もっとわかりやすく、やさしーく、教えてくれませんかー?俺、あんたほど頭よくないんだから」
 シンは、きつい口調で言った。あんたほど頭よくない、なんて、自分を卑下するようなことを言わせてしまって、申し訳なかった。俺の教え方が悪いだけなのに。
「すまない。俺、本当に、教えるの下手だな……。ちゃんとわかってもらえるように頑張るよ」
「え……いや、あの……はい。俺も……もっと頑張ります」
 シンは、さっきとはうって変わって、弱い口調で言った。俺が謝るとは思わなかったのか、戸惑っているようだった。かわいいな、と思った。第一印象とは違って、素直な、いい子なのかもしれない。
 俺は、自然と微笑んでいた。

 俺は人づきあいが苦手だ。人とは距離を置きがちで、無表情でいることが多い。自然に笑みが浮かんだことに、自分で驚いていた。
 シンとは勉強以外の話もするようになって、少しずつ、親しくなった。
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