長編小説

□地上で君と 前編
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 アスランは、脇息にもたれて、ため息をついた。もう一ヶ月近く、邸の外に出ていない。女としての暮らしが、これほど窮屈なものだとは思わなかった。
 男として暮らしていた時は、養父は和歌や漢詩の他に、剣術等も教えてくれ、蹴鞠をして遊んでくれた。時には市に連れて行ってくれもした。それが、女として暮らすことになってからは、教えてもらえるのは、琵琶や琴に笛といったものばかり。邸から出ることも禁じられてしまった。


 アスランを、養父パトリック・ザラは、光る竹の中から見つけ、育てた。没落貴族であったパトリックだったが、趣味としている竹細工のために、自らの手で竹を狩っている際にアスランを見つけ、その後、竹林で金が取れるようになり、富豪となり、昇殿も許される身となった。
 見つけた時は、手の平に乗るほど小さな赤子だったアスランは、三ヶ月ほどで急成長し、外見は、元服をしてもおかしくない年齢に達した。それから外見に大きな変化はない。教えたことはすぐに身につける優秀な子供に、パトリックは満足していた。

 アスランを元服させ、朝廷に出仕させよう、パトリックはそう考えたが、アスランは元服を拒否した。
 自分は実はこの地上の者ではなく月の者で、いずれ月に帰らなくてはならぬ身だから、出仕は無理だと。
 パトリックは驚愕し、普通の出自ではないアスランが、月の者だということを、納得するとともに、帰さずにすむ方法はないかと考えた。そして、やがて来る月の使者の目をあざむくために、アスランに名をカグヤと改めさせ、女として暮らさせることにした。
 パトリックは、アスランを男だと知る者を遠ざけるために、邸に仕えていた者たち全員に金子を与えて、解雇した。そして新しく人を雇った。


 書物を読むのも、琴を奏でるのも好きだが、邸の奥にこもってばかりいるのは、息がつまる。
 もう夜は更け、養父は眠っている時間だ。
 アスランは、女物の衣を脱ぎ捨てると、しばらく袖を通していなかった、男物の装束に着替えた。護身用の短刀を懐に入れ、足音をひそめながら庭に出る。
 軽やかに跳躍し、身の丈以上の高さの垣根を越えると、夜の都大路へ向かった。朝までに戻れば、家人に気づかれることもない。
 散歩するには夜は物騒だが、こうでもしなければ養父に心配をかけずに出歩くことはできない。
 開放感から、思わず笑みがこぼれた。
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