長編小説

□地上で君と 後編
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 ふいに、おびただしい数の足音が聞こえ、アスランは驚いて縁側に出た。
 庭にずらりと並んでいるのは、弓矢や刀を携えた兵。ヨウランの姿もある。
 その先頭にいるのは、シンだった。
「あなたを、地上につなぎとめるために来ました」
「……シン!」
「お会いするのは、三年ぶりですね。俺は……今でも、あなたが好きです。あなたを天には渡さない」
 シンは兵に指示を与え、邸のまわりの警備をかためた。月の使者に向かって矢を射るために、屋根の上にも兵が並ぶ。
 庭へ駆け出たパトリックや家人達は、驚きながら、自身も刀を手に、警備に加わった。


 シンは邸にあがり、アスランの手をとった。
「邸の奥に、案内してください。そこに、あなたを閉じ込めておくから」
 邸の奥に閉じこもったところで無駄だと、アスランは言おうとして、言えなかった。三年たってもなお、自分を好きだと思い、地上に引きとめようとしてくれるシンの気持ちが嬉しかった。
 すっと、アスランはシンの手を引いて、邸の奥へと導いた。


 シンは、自分とアスランを囲むように、几帳を立て、刀を抜いた。
 邸は、静かな緊張に包まれている。
「君が、こんな行動に出るとは思わなかったよ」
「そうですか?俺は三年前に、こうしようと決めていました」
「もう他に、好きな人がいるものと思っていた」
「……その方が、よかったですか」
「いや、正直に言うと、嬉しいんだ……」
 アスランは、シンの袖を、つかんだ。

「……俺は、姦淫の罪を犯した罰として、地上に落とされた」
「姦淫って……」
「実際には何もなかったんだ。月の者は、一度相手を定めたなら、永遠に一人の人と添い遂げなければならない。それなのに、皇后のいる月の帝と、関係を持ったとされた。他ならぬ帝自身に、誘惑されたと訴えられたんだ。帝の誘いを断った俺を、帝は許せなかったんだろう。……地上の人々にすれば失礼な話だが、地上は、月ではけがれたものとされている。けがれた地上で、けがれた人の手で育てられ、過ごすこと、それが罰だ。……俺は地上に来て幸せだったけれど、罰を受け、罪をつぐなったとされ、月から迎えが来る」

「迎えが来ても、追い返してみせます」
 シンは力強く言ったが、アスランは首を横に振った。シンが持つ刀を取り上げ、そっと、鞘に戻させた。
「刀で斬ることも、矢で射ることも、きっとできないよ。俺は力を奪われているが、本来、月の者が持つ力は、強大だから」
「そんな……」
「本当は……一つだけ、帰らずにすむ方法があるんだ。俺はずっと知ってた。知ってて、黙ってた……」
 シンは驚いて、アスランを見つめた。

「月の者に決して許されない罪を、犯せばいいんだ」
「罪……?」
「……地上の者と、交わること。……体をつなげること、だ。相手は、男でも、女でも、かまわない……」
 シンの袖をつかんでいるアスランの手は、震えていた。
「俺が、あなたを抱けば、あなたは、地上にいられる……?」
「そうだ」
「どうして……どうして、もっと早く言ってくれなかったんですか!?俺に抱かれるのが、嫌だったからですか!?」
「違う!俺が女だったら……シンが帝じゃなかったら、もっと早く言っていたかもしれない。でも俺は男だから、シンは帝だから、シンにはもっと、ふさわしい人がいると思った。……文を交わす三年の間、何度か、一夜だけ会って抱いてくれないかと告げたくなった。でも、できなかった。一度でも抱かれてしまったら、俺はきっと、ずっとそばにいたいって思ってしまうから。それは、苦しいから……黙ってきた」
「それで……、どうして今、言うんですか?」
「君の顔を見たら、我慢できなくなった。帰りたくない!帰りたくないんだ……。シンのいるこの地上にいたい。シン……俺は、君が、好きだ……。好きなんだ……」
 アスランの目から、涙がこぼれた。シンは、自分の袖をつかんでいるアスランの手を、そっとはがすと、アスランを抱き寄せた。
「アスラン……抱いても、いいですか?」
 アスランの涙を指でぬぐいながらシンがそう言うと、アスランはうなずいた。
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