長編小説
□地上で君と 後編
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帝がカグヤ姫に求婚したのではないかと、宴での出来事を知る者はささやき合ったが、その後、姫が帝のもとに入内する気配はなかった。
管弦の宴での姫の琴の音の素晴らしさ、御簾ごしでもわかる、輝くばかりの美しさは評判となり、ますます姫に想いを寄せる者が増えた。求婚者は後を絶たない。
中でもしつこい五人の求婚者にアスランは辟易し、五人それぞれに、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の石、燕の子安貝をくださったなら、お受けいたしますと、実際には存在しない物をねだることによって、求婚を拒絶した。
五人の求婚者は去ったが、他の者からの文は、たびたび、アスランのもとに届いた。
アスランは、ただ一人にだけ、返事をしていた。あれから会っていない、シンだ。
会えないのなら、せめて文をと、シンは筆をとった。和歌を考えるのは苦手だが、季節に合った歌を考え、それをつづる。内容は、恋文といえるようなものではなかった。恋文であれば、返事は来ないだろうと、シンは思った。
帝の使いから、シンが書いた文を最初に受け取った時、アスランは戸惑った。
内容は、恋文ではなく、字は美しいが、いかにも慣れていないと感じさせる、不器用につづられた和歌。
和歌に込められた意味を深読みしようにも、あまりにも技巧が拙い。それを微笑ましく感じたアスランは、返歌を作り、家人に頼んでシンに文を送った。
なんでもない文をやりとりしながら、アスランは、シンに対する想いが募っていくのを感じた。和歌の内容からは、シンが自分を好きでい続けているのかどうかはわからない。シンにとっての自分は、ただ文を交わすだけの友人になっているのかもしれない。
いつかはシンに好きな女人ができて、そちらに夢中になり、文は途絶えるだろう。アスランはそう思いながら、日々を過ごした。
しかし、文が途絶えることはなく、三年の歳月が流れた。
今夜、月から迎えが来る。
日が暮れようとする時、アスランは養父に別れを告げた。絶対に帰させはしないと養父は言ったが、アスランは諦めていた。
月から、この地上を見ることはできる。それが、せめてもの心のなぐさめになるだろう。
月を見上げて帰りたいと思ったことはないが、きっと月へ帰ったら、この地上に帰りたいと思うだろう。
シンのいる地上にいたかったと……。
地上にあるものは、すべて、月では、けがれたものだとされている。月へ帰ったなら、今着ている衣も、月のものに改められる。せめてシンからもらった文だけでも、持って行きたいが、きっとそれも許されない。