長編小説
□地上で君と 前編
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シンは狩衣姿で、供を一人連れて、都大路を歩いていた。
「尊い身でありながら、夜回りなんて、検非違使のまねごとをなさらなくてもよろしいのに」
「文句があるならお前は帰れ、ヨウラン」
「そんなわけにもいかないでしょう」
何事もなく、ただの夜の散歩で終わればいい、そう願ったヨウランだったが、ぎゃああ、という男の悲鳴によって、その願いは破られた。
悲鳴が聞こえた方へシンが駆け出し、ヨウランも後を追った。貴族の牛車が、夜盗に襲われていた。夜盗に金子の入った袋を奪われ、さらには着物を剥ぎ取られそうになっている貴族の男は、駆けつけたシンにすがるような目を向けた。牛飼い童は、車輪にしがみついて、身を震わせている。
「不当な手段で金子を手に入れるのは感心しないな。おとなしく捕まるのなら、命は取らない。さあ、どうする?」
シンは刀をすらりと抜いた。と、同時に、夜盗三人の内二人が、シンに襲いかかった。
シンは身を翻し、一人の背後にまわり、肩口を斬る。斬られた男は刀を落とした。シンはさらに、その刀を拾い上げ、ヨウランに投げ渡すと、斬りかかってきたもう一人の夜盗の胸を、斜めに斬った。
斬られた夜盗は倒れ伏し、うめいているが、シンは致命傷にならぬよう、手加減はしていた。夜盗にはああ言ったが、おとなしく捕まってくれなくとも、命を取るつもりはなかった。
残った一人に、静かに血のついた刀を向ける。男は一歩後ずさりながら、口笛を吹いた。近くにひそんでいた仲間を呼んだのだ。その数、十人。
「ヨウラン、彼らを守れ!」
シンは、貴族と牛飼い童を守るよう、ヨウランに命じた。彼らが人質に取られるようなことになっては、やっかいだ。
一人でこれだけの数を相手にするのは、さすがにきつい。しかし今さら退くこともできない。
いっせいに襲いかかってきた夜盗と、シンは必死に斬りむすんだ。殺すつもりで向かってくる敵を、致命傷を負わせないように気遣いながら倒していくことは、容易ではない。
刀の柄を握るシンの手に、わずかに冷や汗がにじんだ。
ふいに、シンと夜盗の間に、飛び込んでくる影があった。
影はシンに向かって振り下ろされた刀を、短刀で受け止め、はじき返した。短刀を翻すと、柄を男のみぞおちに叩き込む。
男の体がぐらりと傾いで、倒れた。
シンは、かばわれる形になり、淡い藍色の衣をまとった背中を、呆然と見つめた。