長編小説
□禁忌 第一章
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覚醒の間、と呼ばれる部屋に、アスランはいた。
頑丈な石壁。窓には硝子がはめこまれておらず、風が吹き抜ける。
誰とも会わず、孤独に押しつぶされそうになりながら、癒しの力で飢えをしのいできた。時間の感覚がなくなってから久しいが、季節の移ろいはわかる。
窓から、広大な庭を見下ろすと、花々が咲き乱れていた。どうやら、春が巡ってきたようだ。
十歳の春に、ここに入ってから、一年。
プラント王国で生まれた男子の一部は、十歳前後で不思議な力を使い始める。力が発覚した者は、力をコントロールできるようになるまで、神殿の横の塔にある、覚醒の間に隔離される。
聖なる力、と呼ばれてはいるが、強ければ人を殺めることすら可能なその力は、聖とも邪ともつかない。
かつては、多くの偉大な能力者が存在し、神の国と呼ばれたプラントだったが、ここ数百年、強大な力を持つ者は現れなかった。ごくわずかに力を持つ者ばかり。他国の侵略から自国を守るため、人々は剣を取った。プラントは、神の国としてではなく、優秀な兵を有する国として、諸国に知られることになった。
数百年ぶりに、強大な力をその身に宿したのが、アスランだった。身の内に渦巻く力をコントロールするのは、容易ではなかった。
部屋の中央の台に置かれた水晶に手をかざし、力の安定を祈りながら、見つめる。ぼんやりとした黒い影が揺らめくばかりだった水晶に、ある時、はっきりと、あるものが映った。アスランは、能力者としての真の覚醒を迎えた。
真の覚醒の瞬間、水晶に映るものは、唯一の定め。ただ一度の、能力者への神託。
水晶に映ったものは、黒髪に赤い瞳の、少年だった。歳の頃は十七、といったところだろうか。
君が、俺の……。
アスランは水晶に見入った。少年は、悲しみや怒りを宿した目をしていた。どんな辛いことがあったのだろうか。アスランは、少年を救いたいと思った。
水晶は神託を終え、現在のみを映すものとなる。少年の姿は消えた。アスランは、自分が見た少年の現在の姿が見えるよう、念じた。すると、自分より幾分幼い男の子が映った。
シンは、オーブ王国で生まれた。五歳の時に、ロゴス王国が、領土拡大をもくろみ、オーブを攻めた。戦争の混乱の中、襲われた村から逃げる際に、シンは両親や妹とはぐれた。
戦争が、ロゴスがオーブを吸収するという形で終結した後、シンを救ったのは、皮肉にも、ロゴスの兵だった。
トダカというロゴスの兵は、妻と孤児院を営んでおり、そこでシンは育てられることになった。
幼かったシンは、やがて実の両親や妹の顔を忘れた。孤児院を営む夫妻を、父母として慕って育ち、十七歳になった。