長編小説

□地上で君と 中編
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「アスランは、どうして、夜に都大路へ?どこぞの姫のもとに通う途中だったんですか?」
 夜に男が出歩く理由の多くは、それだ。言いながら、シンは、アスランに通う姫がいたらと想像し、胸が痛んだ。
「そんなんじゃないよ。ただの散歩だ」
 アスランが否定してくれて、シンはほっとした。
「夜道は物騒なんですから、気をつけないと」
「そうだな。それは、身にしみてわかったよ。さて……そろそろ帰らないと」
 アスランは、夜空を見上げた。夜が明ける前に、帰らなければ、養父に邸を抜け出したことがばれてしまう。
 帰らないでください、とシンは言いたかったが、アスランを引きとめる理由はなかった。

「アスラン……朝廷に出仕しないんですか?」
 出仕してくれれば、また会える。重用し、自分のそばに置き、親しく言葉を交わすこともできる。
「しないよ」
「なんでですか?」
 失望を隠せず、シンはいらだった声を出した。
「俺は、女だから」
 シンは目を丸くする。
「冗談だよ。そんなに驚いた顔をしないで。俺が男だっていうのは、君は見て知っているんだろう?」
 アスランはそう言って、意味ありげに襟元をくつろげた。鎖骨がのぞき、シンは赤面した。

「俺は、地上の者ではなく、月の者だから、いずれ、月に帰らなければいけないからだよ」
「それも冗談……ですね?」
「どうかな」
 思わせぶりな笑みを浮かべるアスランを、月の光が照らす。
 天人の羽衣をまとい、そのまま天へ昇っても、おかしくないように見えた。
 思わず、シンは、アスランの手を握った。
「シン……?」
「あ、すみません……。あなたが、本当に、天へ昇ってしまうような気がして……」
「君が、俺を地上に、つなぎとめてくれるの?」
 離れていこうとしたシンの手に、アスランは指をからめた。握り合った手を、アスランは自分の口元に持っていく。
 目を閉じて、愛しげに、シンの指先にそっと口づけた。
 やわらかい唇の感触に、シンはめまいがした。

「……ごめん。一瞬、つなぎとめてほしいと思ってしまった。それは、いけないことなのに……」
 アスランは謝って、つないだ手をほどいた。
「帰るよ。……さようなら、シン」
 別れを告げ、アスランはシンに背を向けて歩き出した。
「あなたの邸まで送ります!住まいを教えてください!」
 シンは、アスランの背に、声を投げかけたが、沈黙と言う形で拒絶された。
「アスラン!また、会えますよね!?」
 アスランは、振り向いた。
「きっと、もう、会えない」
 そう言うと、走り去っていく。
 シンは、アスランの言葉に胸が苦しくなって、身動きすることもできずに、立ち尽くした。
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