連載

何度も
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授業終了のチャイムが鳴り響くと同時に、先程まで静まり返っていた教室が弾けるような雑音に包まれた。

「あー、だりっ。おい、購買行くぞ、購買」

普段より擦れた声。土方は先程まで鼾をかきながら机に伏せていた銀時の姿を一瞥すると、また視線を戻し溜め息をついた。

「お前日直だろ?先に黒板消してけ」

「先公かお前は。菓子パン売り切れたら部活までに死ぬっつの」

「っ、引っ張んじゃねェ!」

椅子に腰掛けた土方の腕を掴み力を込めれば、ふわりと席を無理やり立たされる。
自分勝手な幼馴染みを睨み付けながらも、結局付き合う羽目になる事を嫌と言う程自分は知っている。


購買で買ったクリームパン、チョココロネ、ミルクプリンにいちご牛乳。
それらを鞄に直接詰め込んで満足気な表情を浮かべる銀時に続いて、買った缶珈琲を尻ポケットに突っ込む。


屋上へ続く階段。
かんかん、と二つの足音が響き渡る。

「っあー!天気いいなー!」

扉を開けば思わず目を細める雲一つ見えない空。
両腕を伸ばしながら空を仰ぐ銀時の髪が、日の光が反射してキラキラ輝いている。
その姿にクスリと笑みを溢すと、空を仰ぐ銀時の顔が素早く土方の方に向き直った。

「なに笑ってんだコノヤロー」

「…別に。そういやこれ、お前にも食わせろって母さんが多めに作った」

「わお、卵焼き。お前ん家の甘いやつ好き」

銀時が膝に手を置きながら地面に広げられた弁当を覗き込むと、土方はそーか、と呟いてマヨネーズのをにゅるりと弁当に絞り出す間際。

「ちょ、待て待て!そんなもん卵焼きにかけたら殺すかんな!」

銀時が慌てて弁当を取りあげると、土方は不満気な表情で銀時を睨み付けた。

「そんなもんって何だコラ。マヨかけなきゃ何かけんだよ」

「何もかけんじゃねェ!お前の母ちゃんがしっかり甘く味付けしてくれてんだよボケ!」

「っ、その件については前に解決した話だろーが!」

「お前の食べ方については最近はもう何も言ってねェだろうがァ!今回は俺の卵焼きに被害が来るから言ってんだよ!」

「うるせェ!テメーの甘ったるい昼飯見せられるこっちのが相当な被害なんだよボケが!」

両者睨み合って舌打ちをすれば、互いに背を向け昼食。
チラリと相手に視線を向けては、フンと鼻を鳴らして。



剣道着を脱ぎ、汗だくの身体にワイシャツを通せば、べたべたと肌に貼り付き不快度は100%越え。
先程まで更衣室に群がっていた部員の群れは、この悪臭に耐え兼ねさっさと着替えて外へ出て行っている。

「どうしてこう男が集まるとこんなにも臭ェんだ。嗅覚おかしくなりそ」

そう呟いた銀時に返事もせずにタオルで身体を拭っている土方。
着替えを終えると剣道具を肩にさげ、銀時に目線も合わせず更衣室を出て行く。

体育館を出れば心地よい風が吹いている。

最近は散るばかりの桜を見上げ、銀時は一人校門へと歩いて行く男の後ろ姿を追う。

「おいおい、待てよ」

「…………」

無言で自転車に鍵を差し込み自転車を押す土方に、銀時は肩をすくめ、同じ歩調でその横を歩く。

並木道、まるで小雨のようにパラパラと桜の花びらが舞い落ちてくる。

その中に二人、無言で自転車を押す男と、その横をのたりと歩く男。

「…とうしろー」

「…………」

「…まだ昼のこと怒ってんの?」

「…………」

「だぁーッ!シカトってお前は女子かコラァ!」

そう言って地面を踏みつければ、不機嫌そうに自転車を押す幼馴染みの前に立ちふさがる。

「どけ。臭ェ」

「それは俺だけじゃねーだろ。お前だって汗だくだろ」

「…お前は格別臭い」

ぼそりとそう呟いて、銀時を避け自転車を前へと進めようとする土方の肩を掴み、銀時は土方を見上げる。

「十四郎」

「…な、何だよ」

「悪かったって」


その真剣な表情に思わず固まって、


「…な?」



気付けば首を縦に振っている自分を、土方は恨めしく思った。



*****

たまに見せる笑顔とか、真面目な表情だとか、俺は奴のそういう所に弱いのかもしれない。

分かってる。
こいつはその事を承知で、思惑に巧いこと乗せられる俺を見て影で薄ら笑うタチの悪い野郎だ。

分かってる。それなのに俺はいつもそれに乗せられて、ほら、また頷いて、さっきの事なんざ直ぐに許して―…


「あれ?どこここ?」


その声に、ふっと意識が覚醒したのが分かった。

(…寝てたのか)

瞑っていた瞳を開きかければ、ずきんと鈍い痛みが頭に走る。
頭が痛い、そして全体的に身体が痛い。

「それァこっちの台詞だ。…何処だここは」

相手の問いかけに答えられる程、自分自身情報を持ち合わせていない。

鈍痛を抱えながら聞き覚えのあるその声の主に問い掛ける。

「質問に質問を返すな…って、頭いってェ…」

「ついでに身体も痛ェ。てか普通に生活してたらあり得ないような姿勢になってる気がする」

「俺も何か目ェ開いてんのに暗闇。上半身だけ身動き取れないような感じ」

よく通る筈の坂田の声は、普段より籠もっているように聞こえる。
瞳を開らく事すら億劫になっていたのだが、その言葉に土方はゆっくりと双瞼を開いた。

「…何か、普段なら見えない筈の景色が見える」

170越えの身長で見える景色は、平均身長の人間に比べれば高い筈なのだが、今は何故だか明らかに地面が遠い。
手を伸ばしても、地面を触る事が困難なぐらい高い。


「何?お前酒の飲み過ぎで頭湧いたんじゃねーの?」

「湧いてねェ。目ェ開いても暗闇よりはマシだ、ボケ」

脳を刺激しない程度に頭を起こし行動に出る事にする。
まず俺が居るこの場が何なのか知る必要があるようだ。

「…クソ、痛ェ…」

腕で身体を支えながら起き上がろうとするのだが、ギシリとそれが軋むだけで、どうも力が入らない。

「…ちょっと、土方君。今何か揺れたんだけど」

「あ?」

「俺が埋まっているであろう物が、今揺れた」

「…同じもんにお前は下、俺は上に居るって事か」

横にずれた顔向きで、ふと下を見下ろしてみる。

するとそこには、色んな種類の缶がショーケースの奥に立ち並び、もっと真下には坂田の背中から足下にかけての身体が、缶の取出し口から伸びているのである。

「…自販機?」

ようやく真理までたどり着けた土方は、間抜けな坂田の姿に薄ら笑いを浮かべるが、どうしたらよいものか、自販機から降りられない。

「自販機って何?もしかしてこの中って自販機?」

「…お前は自販機の取出し口に、アホみてェに頭突っ込んでる」

「おめぇ、今アホって付ける必要あったかコノヤロー」

「いいからさっさと出て来て手伝いやがれ。俺ァ自販機の真上に居んだよ」

真ん中から左右に下り曲がる自販機の形状は、ひどく傾斜が厳しく、丁度腹の辺りが中央部分に食い込んでいる。
姿勢的にかなり苦しい。

「ぷっ、自販機の上に乗るなんざなかなか出来ない経験だぜ?良かったなァ土方君」

「言っとくけどお前笑える立場じゃねーから!見てみ?自販機の取出しに頭突っ込んでほんと気色悪ィから!」

張り上げた声のせいで頭に激痛。
咄嗟に頭を押さえた腕のせいで身体の支えが一瞬にして解かれ、

「っ、うおっ…!」


ドスン!

そんな間抜けな音じゃなかった気がするが、兎に角そんな感じで自販機の真上から真っ逆さまに落ちてしまったのだが、

「…あ?」

その割にあまり痛くない。
地面にしては柔らかくて、何か温もりのある…

「テメェェェェ!何、人の上に落ちて来てんだコラァァァ!」

丁度真下には坂田の背中。首を出さずにモゴモゴと腕だけを動かしている姿が、やけに気持ち悪い。

「あー…お前のメタボ体型もたまには役に立つじゃねーか。お陰で無事に着地出来た。糖尿予備軍、長所が見つかって良かったな。感謝しろ」

「いいからどけェェェ!どんだけ俺様だよテメーは!」

舌打ちを浮かべながら、言われた通りその背中から下りれば、途端クラリと目元が揺らぎ足下もやはり覚束ない。

「…水」

ぼそりとそう呟き自販機に並ぶミネラルウォーターのペットボトルを見上げると、それを察したかの様に坂田がバタバタと暴れ出した。

「てめっ!今の状態で飲み物買ったらどうなるか分かってんだろうな!?てか俺がどうなるか分かってんだろうな!?」

「お前がどうなるかは分からねぇが、お前が激しく邪魔だって事は分かった。待っててやるから直ぐに出て来い」

「出れない!まじで出れねェんだよボケェ!」

「…ならそこに永住したらどうですか。俺コンビニで水は買うんで」

「何で敬語!?ちょ、まじで行かないよね?俺を見捨てたりしないよねっ?」

四月と言えどまだ肌寒い季節。薄手の気長し一枚で夜の屋外に居るのは厳しいものがある。
鼻を啜りながら取出し口から出られない哀れな銀髪頭を見下ろせば、答えは既に決まっていて。

「そんなもん俺が知るかよ。そのまま凍死しろ」

「待て!ちょっと待て!嘘だよね!?それってアメリカンジョークだよね!?」

「残念ながらここは日本だ。それじゃァな」

人でなしと言う叫び声が背後から聞こえた気がするが気にしなくていいだろう。

背中に悪寒が走る。風邪を引かないうちに屯所に戻ろうと進む足を早めた

……筈だったのだが、

ふと、自販機の上で見ていたのであろう夢の中のあいつと、万事屋の顔が重なってしまう。

(…いやいや、面が似てるだけじゃねーか。…何で俺があんな奴に罪悪感持たなきゃならねェんだよ)

しかし、気付けば進む足が止まっている。

「…………」

チラリと坂田の姿を一瞥すれば、先程の暴れ様とは別に、黙り込んでピクリとも動かない。

とうとう死んだか?とその背中に近付くと、ピクリと指先だけが動いた。

「……おい」

「…土方…?」

「引っ張ってやるから、腕貸せ」

そう言っておきながら、胸の内は存外穏やかではない。

(…こんな奴、どうなろうが知ったこっちゃねェ筈だろうが。…何にしてんだ、俺ァ…)

鈍い頭痛。しかし素直に右腕を差し出している男の姿を見かね、その手首を乱暴に掴みあげる。
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