連載

何度も
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例えば、全ての過去を抱えて生きるには僕の掌はあまりに頼りなくて、例えば全ての現実を受け入れるには、僕は肯定出来ない世界に不条理を感じている。

どうか消えてしまえ、と願っても、この世界が存在し続けること。どうか消えてしまえ、と願っても、僕が今ここに存在すること。

そんな世界で、君に出逢った。

君が居れば肯定出来る世界。
もしこの世界が終わっても、また、君に出逢うよ。
何度だって君を見つけるよ。
次は絶対に、捕まえたその手を離しはないから。



四月、桜の木にぽつぽつと薄紅の花びらが顔を出し、まだ見慣れない校舎とグラウンドの周りにその存在を示している。

ぽかぽかと温暖な陽気。
春だなぁ、等と普段なら気にも止めないであろう季節の移り変わりを深々と噛み締めてしまう程、今日は存外気分が良い。

しかしそんな日に、この春から通う私立高校の入学式という形式的で人生に全く必要の無い行事が重なってしまうという悲劇。
あまりに馬鹿馬鹿しいと、銀時は本日何度目かの大きな欠伸を洩らした。

屋上のコンクリート、日の光にさらされ天然の床暖房。
ぱりっと糊のきいた真新しい制服を着た身体で躊躇なくそこに寝転べば、障害物の無い青々とした空が目の前に広がる。

「おい、不良高校生」

聞き覚えのある重低音、その声に寝転がったまま目線を上げれば、青い空一色だった世界に、ふわりと影がかかった。

眼前には不機嫌そうな表情で自分を見下ろす、黒髪の、男にしては端麗な顔立ちをした幼馴染み。

銀時はその幼馴染みを見上げ、その首元にさげられた深緑のネクタイを掴み引っ張ると、小さな笑みを浮かべた。

「見慣れねェ制服着てっから、誰かと思ったぜ」

「痛ェ、首締まる」

眉間に皺を寄せた土方を見てその手を離すと、ゆっくりと起き上がり両腕を伸ばす。

「意外と似合ってんね。何か高校生って感じ」

「感じ、じゃねーよ。たった今から高校生だろ。…入学式サボったテメーはどうか知らねェけどな」

銀時はネクタイを直す土方の姿に笑みを浮かべ、尻ポケットに入った自転車の鍵を指でジャラと鳴らした。


校門を出るとすぐ桜に囲まれた並木道。
自転車の後ろに幼馴染みを乗せてハンドルを強く握り締めると、ペダルに力を込める。

「ほー、桜すっげーな」

「おい運転手、前見ろ。危ない」

「大丈夫大丈夫…って、うおぉぉいっ!」

突然視界に入った通行人の姿に銀時は勢いよくハンドルをきる。
通行人を避け前に進むと、真っ直ぐな道でユラユラと不安定に車輪が揺れるが、ハンドルを強く握り態勢を立て直す。

ようやく安定した走行になると、銀時は安堵の息を吐き胸を撫で下ろした。
しかし後部座席からは、不満の声が聞こえる。

「だから危ないって言っただろうが。反応が遅ェんだよ、のろま」

「分かるかァァァ!もっとテンションあげて言えやボケェ!」


並木道を抜けると、視界が開けたように青い空と日差しが降り注ぐ。

海岸沿いの小さな陸橋、潮の香りがふわりと広がる。

その陸橋を越え滑らかな坂道を下れば、その道に沿うように建てられたクリーム色をしたこじんまりとした一戸建て。
そしてその隣に並ぶ、年季の入った三階建てアパート。

高校から自転車で十分もかからない位置に隣接されている二人の家。

「ただいまー、腹減ったー」

趣のある一戸建ての前に銀時は自転車を止めると、躊躇もせずに土方の家の扉を開き我が物顔でずかずかと足を踏み入れる。

「お前ん家じゃねェ…って!靴ぐらい揃えろっていつも言ってんだろうが!」

土方の言葉も聞き入れず、そのまま二階へと上がっていく銀時に舌打ちを洩らし、土方は渋々と脱ぎ散らかした銀時の靴を揃え、その後を続く。

部屋に入ると、同じく床に放り投げたであろう新しい紺のブレザーが置かれ、当の本人は涼しい顔をしてベッドの上に胡坐をかきテレビを見ている。

何度も何度も、このやり取りを繰り返した。これから先も何度だって繰り返すのだろう。
そう考えれば、文句を言う事で使う労力を行動に移した方が楽なのではないか、と土方は思案。

溜め息を浮かべて、ブレザーをハンガーにかける。
ベッドに腰をかけるとスプリングがギシと音をたてた。

「組み分け、お前2組だったぞ」

「お前は?違うの?」

「…や、俺も2組だけど」

土方が不服そうに呟けば、銀時はテレビに向けていた視線を土方に向けて首を傾げた。

「へえ?ここまでくると運命だね、十四郎くん」

「やめろ寒気がする。…また一年間テメーの介護をすると思うと今から頭が痛ェよ」

「いやいや、いつ俺が君に介護されましたっけ?てか介護って何?」

銀時の問い掛けに、土方は返事もせずに大きな欠伸を浮かべている。

「お前、そういや剣道続けんのか」

「俺が続けると思うか?」

「や、思わねェ」

「そういう事だ」

「…ふーん」

そう呟いた土方の表情が心無しか曇った事に気付き、銀時は目を細めながらその顔をニヤニヤと覗き込む。

「何、その顔。俺が居ないと寂しいって?」

「だっ、誰が寂しいなんざ思うかァァァ!自惚れんな気色悪ィ!」

「またまたァ、銀時が居ないと心細いって言ってみ?そしたら銀さん剣道部に入ってあげない事も…ぶばァッ!」

勢いよく飛んで来たクッションは見事顔面に命中。
土方は後ろのめりに倒れた銀時の様子にフンと鼻を鳴らすと、頬杖をついてテレビに視線をやった。

<好きよ、大好きよ。あたし、あなたが居ないと生きていけない>

テレビ画面の中で男の腕に戯れつく女の姿。

<あなたも同じようになって、ねえお願い>

ドラマのワンシーンだろうか、それをぼんやり眺めていると、ようやく銀時が顔をしかめながら起き上がって来る。

そんな銀時の姿に土方は小さな笑みを浮かべ、またテレビに視線をやると、聴き覚えのある曲と共に、エンドロールが流れていた。

<あなたが死んでも、永遠に愛してる!>




*****


「っ!」

突然鳴り響いた目覚ましの音に、土方は跳ね上がるように飛び起きた。

障子の隙間から差し込む朝日と小鳥の鳴き声に、目を擦りながら前髪をかき上げると、目の前にあるのは自分のいつもの部屋の風景。

畳に敷かれた布団、手元に置かれた刀、机、そこに置かれた煙草とライター、そして灰皿。

「…またかよ…」

土方はそう呟いてのっそりと布団から出ると、気長しの帯を弛めながら煙草に火をつける。
煙草を燻しながら隊服に袖を通すと、首元にしっかりとスカーフを巻き、部屋の襖をゆっくりと開いた。



毎晩、眠る度に同じ夢を見るようになったのはいつの頃からだったか。

いや、<同じ夢>と言うと語弊がある。
その夢は同じ環境の中で着実に展開しているからだ。

その夢は映画の様な映像に比べても、はるかにリアルで鮮明。夢の記憶はまるで脳に叩き付けられたかの様に詳細まで刻まれていて、目が覚めた時には、一瞬ここが何処かと戸惑う事さえあった。


見覚えのない建物、同じ服を着て学業に取り組む人の群れ。
土方、十四郎、俺の名前を呼ぶ見覚えのない両親、友人。
実年齢より幾分若い夢の中の自分と、自分を取り巻く人的、物的環境。(勿論全て見覚えは無い)

しかし、例外もある。

その創作染みた夢の中で、一人だけ、どうにも見覚えのある―…


「土方さん、おはようございやす。今日は絶好の花見日和ですぜ」

背後から聞こえた声にハッと我に返る。

その声の向きに振り向けば、普段のこの時間なら確実に惰眠を貪っているであろう部下が、しっかりと隊服を身に纏い、いきいきとした笑みを浮かべていた。

「おう、隊士達集めて昼前には出発するか」

「ええ、近藤さん達ァさっきから祭り気分で盛り上がってまさァ」

総悟の言葉に重なって、居間からは局長と隊士達の笑い声が聞こえて来る。



俺は探していた。

まだ慣れない校舎の廊下を歩きながら、一人の男を探していた。
どこ行ったんだんだ、あの馬鹿は。

そう文句を溢しながらも、男の居る場所にだいたい見当はついていて、屋上へと続く階段を上っている。

重い屋上の扉を開いて日差しに目を細めると、屋上のど真ん中に寝転がる男に近寄って、溜め息をつく。


(やっと、見つけた。)


一面桜が咲き誇る並木道。

自転車の後部座席、移り変わる事のない青い空と、薄紅の桜。

夢の中の俺は、何時だってその男を探している。
視線の先にその男が居る事で、安堵出来る。

気付けばふらりと何処かへ消えて行く、俺の幼馴染み。

そいつを見つける度に<やっと見つけた>、いつも一人そう呟いて、

<そいつ>が自分に笑いかけるのを待っている―…



「あの、副長。局長がさっきから見当たらないんですけど…」

「うおっ…!」

大きな御座を抱えながら土方の顔を覗き込んだ原田の姿に、土方は思わず声をあげ後退りをした。

「なっ、何だ原田!いきなり声かけんじゃねェ!」

辺りを見渡せば舞散る桜と、その中でむさ苦しい隊服を身に纏う隊士たちの群れ。
総悟は日本酒の瓶をさも大事そうに抱え、不思議そうな表情で土方を一瞥している。

「あ、すみません。何か途中の道まで一緒だった筈の局長がさっきっから見当たらないから…」

「近藤さんが?」

首を傾げ周りを見渡すと、確かに一緒に屯所から出発した筈の近藤の姿が無い事に気付く。

「…たく、何処行きやがったんだ」

ため息と共に洩らした小言とほぼ同時に、

「何レギュラーみたいな顔して座ってんだゴリラァァ!」

ドパン!と一層清々しい程に聞こえる何かを殴る音と、近藤の叫び声が聞こえた。

土方と原田は顔を見合わせ、桜咲き乱れる公園の先へと足を進めると、

「オイオイ、まだストーカー被害にあってたのか?警察に相談した方がいいって…」


ひどく聞き覚えのある、低い、そいつの声が聞こえた。

「いや、あの人が警察らしーんすよ」

「世も末だな…」

(…あいつだ)

心臓が跳ね上がるのを感じた。

俺の夢に登場する、唯一見覚えのある男。

思えばこの夢を見始めたのは、池田屋でこいつに出会ってからだ。


「悪かったな」

土方の言葉にゆっくりと振り返る、銀時。

その姿に、ドクンと鼓動が高鳴る。

桜の花びらが舞散る青い空、確かに一度、俺は前にもこの景色を見た事がある気がして―…



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