短編
□残念ながら
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「果たしてその中の何個が本命なんだろうかね、土方くん」
緩やかな春の陽気、2月14日。
数個のチョコを握り締め、相変わらず暇そうに俺の元へと現れた恋人は、部屋の隅に置かれたチョコの山を見下ろしながら、つまらなそうにそう呟いた。
「かね、って何だよ。何だその口調は」
馬鹿の為に筆を置き職務を中断すると、男は更にずかずかと部屋に踏み込み俺に近付くとドンと机に数個のチョコを置く。
「大量の義理より一個の本命」
「まじでお前何がしてェんだ」
「チョコは量より質ってこったコノヤロー」
男の言葉に、先程置かれたチョコを見下ろせば、30円程度で売られている小さな四角形のチョコが四個と、タッパーに入れられた焼け焦げた黒い塊がある。
「…量より質ってお前、どう考えてもお前の方が量も質も何か残念な感じじゃねーか」
「でもあれだろ、何かその…すごい愛情感じるだろうがコラァ!」
「いや、お前の愛情の概念ってどんな?って事しか感じない」
小さなため息をついて、また筆を手に取る。
書類に目を通しながら、馬鹿に構っている暇はないと机に置かれた煙草の箱に手を伸ばしかけた時
「で?」
突然その手の甲に、奴の手の平が重なった。
「…何」
「お前からは?」
その顔を見上げれば、俺を見下ろす意外に真剣な表情があって。
「…な、何で俺が渡す側だよ」
「だってお前から欲しいんだもん」
じりじりと近付いてくる男に、後退りをする。
「…ここでは必要以上に近付くなって言って…」
「知らね、初耳」
「離…」
「離さない」
普段なら、抵抗すれば簡単に弛む筈の腕の力が弛まなかった。
ふざけてるのだと顔を見上げれば、やはりいつもの憎らしい笑顔は無くて、力任せに自分を抱き締める身体からは、何か怒りすらを感じられて。
「…お前さ、男の僻みと嫉妬、どっちに苛ついてんだ?」
ぽんぽんとその背中を叩くと、ふっと腕の力が弛んだ。
「………は?」
「いや、だからどっちだ?」
「…いや、だから何…」
「…いや、だから…」
「…し、嫉妬…」
いつも余裕ぶったそいつの顔がみるみる赤くなっていって、俺が小さく笑うと坂田はそんな俺を見てぐしゃぐしゃと髪をかきながら不機嫌そうにクソと呟いた。
「…あー、そのチョコの中、一個お前が好きなの取っていいぞ」
「え?」
隅に乱雑に積まれたチョコに目線をやると、
「?お前が貰ったやつだろ?」
奴は不思議そうにまた自分を見返した。
返事をせずに煙草を取り出していると、奴はまたチョコの山に目線を置いて、
「…じゃあこれ?」
茶色い包装紙に包まれた片手サイズのチョコを手に取った。
「おまえ馬鹿の癖に鋭いな」
そんな相手の姿に満足しながら口角をあげれば、やはり相手は訳が分からない様子でその場に立ちつくしている。
「あ?何が…」
「お前甘いもん馬鹿みてェに好きだろ?…だからあれ、菓子屋の陰謀に乗ってやった」
三日前から用意していただとか、どう渡せばいいだとか、そんな女々しい葛藤、いい歳した成人の男が一体何をしてるんだと自分に寒気がしながらも、
「…は、お前どこまで予想外な奴なんだよ」
「いらねェんなら返せ」
「…つーかさ」
「あ?」
「…あ、ありがと、よ」
残念ながら、俺はこいつの笑顔に、存外甘いようだ。
END