短編
□ことば未満
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冬支度とばかりに蓄えに蓄えたゴミ袋の山を両手に抱えながら路地裏のゴミ捨て場へと向かう途中、家に面した通りに群がる真選組の集団の姿を見つけた。
堅苦しい隊服を纏いながら、揃いに揃って悪人面をした集団をちらちらと盗み見ながらゴミ袋をゴミ捨て場へと投げ捨てると、
「副長!」
その言葉に反射的に振り返った。
集団の隅に立つ人一倍偉そうな態度で振る舞う黒髪の男を見つければ、思わずその口角があがる。
偶然を装ってその横を横切ってみると、
「もう飯食ったか?」
奴は腕を組みながら、独り言のようにそう言った。
「いや、まだだけど」
目も合わせずに返事をすると
「そうか」
相変わらず誰に向けているのか分からないような調子で土方が呟いた。
周りに隊士達が居る以上、奴には真選組鬼の副長という何とも大層な肩書きが乗っかっている。
(しかも隊士たちの認識では、そこに万事屋という言葉が加われば、vsと言う単語が間に挟まるからやっかいな話だ)
気軽に声をかけ合う仲でもない。
ましてや恋人同士など、誰が信じる話だろう。
お互いに背中を向けたまま、俺が足を止めると
「腹減ってるか」
土方はぼそりとそう呟いた。
「うん、まあ…」
「そうか…」
(さっきから、同じ返事ばっかじゃねーか)
土方の態度に呆れながらも、隊士達が居る中で自分から誘うには気がひけた。
「お前は?飯は?」
「いや、俺もまだだ」
「…奇遇だな」
「…ああ」
奴も奴で、断固として話を切り出そうとはしない。
こちらの出方を警戒しながら見ている。
(…いやいや、引き延ばした方が誘い辛くなんの分かってんだろ。早く言えって、お願いだから早く言えって)
「…い、今の時期、秋刀魚が旨いらしいぞ」
その沈黙に耐えられなくなったであろう土方が重たい口を開いたが、またその言葉は核心に触れない内容だ。
むしろ相手にその言葉を言わせようと誘導する台詞の分たちが悪い。
「ああ、秋刀魚。いいな秋刀魚は。たまに小骨喉刺さるのも些細な出来事に出来るぐらい旨いよな」
自分でも何を言っているのか分からないような、どうでもいい感想を饒舌に述べる。
「ああ。秋刀魚食いながら酒でも飲みたい気分だな…」
「…俺も何かそんな気分だ」
付き合い始めの恋人同士でもあるまいに、二人して同じように俯いて、
(早く誘え)
何度も心の中でそう呟く。
土方のプライドはエベレスト山頂並みに高い。
そしてそのプライドは、周りに居る隊士たちのせいで増幅されている事は確かだ。
この状況で相手からの誘いを期待する方が馬鹿な話なのだが、ここで俺が口を開いてしまえば土方の頭の中では
誘われた→夜は非番→秋刀魚食いたい→酒飲みたい→断る理由もない→仕方ない→付き合ってやる
と、自分に都合のいい馬鹿丸出しな方程式が成立する。
俺を飯に誘う土方に、仕方ねェ、お前がそこまで言うなら付き合ってやる、と妥協して付き合ってやっているという自分を演じたい俺自身としては、そうなる事だけは何としても避けたい訳だ。
「じゃ、じゃあ…俺忙しいから」
押して駄目なら引いてみろ、という。
俺は先程までソファーに寝転がりチンピラ警察24時のドキュメントをぼんやりと眺めていた自分を踏みつけあたかも忙しそうに右手をあげて足を一歩踏み出した。
「…お、おう。大変だな。ちなみに俺ァもう仕事終わるみてェだけど」
両拳を握り、それでも自分を止めようとしない相手に舌打ちをする。
「そ、そーか。非番なんて久しぶりじゃね?二週間ぶり?別に知らねーけど。ちなみに俺もそろそろ暇になるみたいだけどね」
「テメーは万年日曜日だろ。…俺は結構貴重な休みだけど。この先いつ休みとれっか分かんねーけど」
「誰が万年日曜日だ。むしろ俺だって久しぶりの休みだから。これから先はもっと忙しくなる予定だから」
「そーか、良かったな。お互い充実した休み過ごそーぜ。…ちなみに俺はいつもんとこで酒でも飲む予定だけど」
「あ、そー。俺も別に飲む予定だったけど。もしかしたら会うかも知れねーけど他人な他人。俺の貴重な休み邪魔されたくねーし」
「それはこっちの台詞だ。テメーの姿が視界に入った時点で叩っ斬るからな。視界に入らねーようにしろよ」
土方はそう言って足を踏み出して行った。
ざっざっと土を踏みながら群れの中へと戻っていく土方の背中と、それを嬉しそうに迎え入れる隊士達の姿。
「…可愛くねェ」
ぼそりとそう呟いて、眉をひそめた。
「副長、今日夜から非番ですね!」
「駐車違反の取り締まりって、副長自ら来るようなもんじゃねーのに」
「ったく、副長は真面目なんだから」
隊士達の群れがぞろぞろとこっち側に向かって歩いて来るのを不機嫌そうに見つめ、その中央を歩く土方の姿に慌てて目を反らす。
「…外出てみりゃァ、会えるかなって思ってよ」
「え?誰にですか?」
隊士達が不思議そうな顔をして土方を見上げる。
土方は小さく笑って
「素直じゃねェ、馬鹿野郎に」
自分を通り過ぎて行った隊士達の群れをぽかんと口を開いたまま見つめながら、
「…素直じゃねーのはどっちだよ」
髪をかいて、いつもの居酒屋へと足を進めた。
END