短編

愛なんて
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社会の底辺で生きる甲斐性無し。駄目人間、日本代表。(世界代表にしないのは俺の僅かばかりの良心)

俺の、恋人。

頬杖を付き、溜め息と共に煙草の煙を吐き出せば、タールを上げた新しい煙草は気分を更に苛立たせるばかり。
舌打ちをして、改めて目の前の男に視線を向けた。

季節の彩りプリンパフェ。シフォンケーキ、キャラメルソース添え。
見てるだけで頭が痛くなりそうだ。
それなのに、目の前の男は機嫌が良さそうにそれらを口に運んでは、自分の冷ややかな視線をものともしない。

心の中で小さな悪態を付けば、

(こんな顔が俺に向けられる事は一生ないんだろうな)

と、珈琲を啜った。

たかが数千円の端金。それでガタガタ言う程、困窮しちゃいないし、嬉しそうに食べる男の姿を見れば、なかなか悪い気もしない。

しかし昨日、

『医者に甘いもん控えろって言われたんだよね』

軽口を叩くような言い草で坂田がそんな台詞を零したものだから、

(糖尿予備軍がこんな甘ェ物食いまくって大丈夫なのか?)
(控えろって言われたんだよな、こいつ)

妙にその事ばかりが気に掛かり、今日ばかりは訝しげに目の前の男を眺める。

まァ、こいつにそんな事を言った所で「余計なお世話」と、笑顔で返されるだけか。

肩を落とせば、また珈琲を啜って

(追加注文したら…止めよう)

そんな風に自己完結。


先日、奴に好きだと言った。

奴は考え込んだ後に、付き合ってもいいと笑顔で言った。

気付けばこいつが居なくなる事に恐怖に感じた。
はっきりしている、こんなに臆病になってしまったのはそれからだ。

逢えば二言三言の会話。
たまに逢いに来ては、冷淡に俺を抱く。
「好きだ」、と囁くのは最中だけ。俺はそれがその場のノリだと言う事も知ってる。

都合が良くて、後腐れも煩わしい物も無い、未来の無いその場限りの関係。

全部分かってる癖に、この男を捨てられないんだから、本当にどうしようもない。

「お姉さーん、追加注文!」

やたら愛想の良い声に我に返ると、男は先程頼んだケーキの皿を既に平らげ右手を挙げている。

思わずその手首を掴み、腕を乱暴に机へと着地させた。

「土方君?何?」

その行動に、不信感を表にした瞳が俺を見上げる。

「食い過ぎ、だ。控えろ」

「はいはい、そういう事ァ俺の胃袋に言って下さーい」

「そんだけ食ったんなら、テメーの胃袋も満足だろうよ」

「はァ、天下の真選組副長様が固いこと言うなよなァ」

「…俺ァ別に金の事を言ってんじゃねェんだよ」

ぐっと胸の奥が詰まった。痛ェ、苛々する。

「じゃあ何?」

冷淡な瞳が自分に向けられると、ギクリと胸が飛び跳ねた。

奴が口を開けば、別れ話なのかと疑って入る。
別れを告げられた時、すんなりとした返しが出来るよう、その台詞を考えておく。
奴の言動も、行動も、いちいち気にしないようにする。

愛されていないと自覚する事が、自分達の関係を壊してしまう脅威にさえ思えた。

「…糖尿予備軍が、糖分摂り過ぎだって言ってんだ」

「―…あァ、俺の身体心配してくれてるんだ?」

「……………」

男の柔らかい表情に居心地が悪くなり、思わず言葉を詰まらせ俯く。

すると男はゆっくりと目を細めて

「俺さァ、そういうのほんと無理なんだよね。自分の事は自分で分かってっから。人に口出しされて変わる訳でもないし」

嬉しそうに首を傾げた。




こいつに不毛な恋をして。

始めから報われない事が前提の恋。
まさかその恋が叶うなんて、本当に夢を見てるようで。

幸せだった。

本当に幸せだった。

「ご馳走さん。それじゃ、俺今から仕事だから」

「ああ」

席を立つ男に視線も向けず、小さな相槌を打つ。

俺は、お前の何なんだ?

ふと浮かび上がった疑問。

その疑問の果ては、多分残酷な未来。

「土方?」

「ん、」

気付けば先程席を立った筈の坂田が、不思議そうな表情で俺を見下している。

訝しげに何だ、と顔をあげると、自分の指が男の着物の袖を掴んでいる事に気付く。

「え、わっ、悪ィっ…!」

いきなりの出来事に言葉を吃らせながら慌てて袖から指を離す。

(何やってんだ俺は…!)

カァッと熱が込み上げて来た。本当に何やってんだよ、何で引き止めてんだよ、馬鹿じゃねーの。

すると男はニヤニヤと口元を歪めながら俺を見下ろして、

「…お前可愛い事すんなァ」

俺の頭をポンと叩いた。


「また連絡すっから」


俯いていた視線をあげると、もうあんなに遠い。

男の後ろ姿だけが、まるでスローモーションのように見えてしまうものだから、自分は相当な末期なんだと思う。


(次会えるのは、何時なんだろう)

頭に置かれた男の手の平を思い浮かべながら、前髪をグシャとかきあげる。



好きだ。


お前が好きだ。


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