短編

長い夢
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「それじゃあ、お邪魔しマス」

隣の客室から自分の荷物を抱えペコリと頭を下げると、

「どーぞ、遠慮なく」

隣の客室から布団一式をずりずりと引き摺り自室へと乱暴に投げ捨てた土方の、棒読みの声が聞こえる。

不機嫌そうな表情を浮かべながらも、投げ入れた布団を自分の布団の横に並べ、几帳面にシーツを直している男の姿に、銀時はゆっくりとたが確かに早まっていく鼓動の音を感じた。

(夢、じゃないよなァ…)

自分に都合のいい展開に転がった事の不安と杞憂を抱きながらも、こんなに近くで、こんなにも緩やかな時間を男と過ごしているという事実に、そんな邪念はすぐに消え去る。

「そんなに人を使わせてるのが楽しいか」

眉をひそめながらそう自分に言い放った男の言葉に、自分が口元に笑みを含んでいた事に気付いた。

「あー、意外に豆なんだなって思って」

「食いもんは片付けねーわ、部屋は散らかすわ、お前はほんとに見たまんまだな」

「あ、沖田くん」

「っ!」

その言葉に、身を縮み込め過剰に反応した男は、なかなか現れないその人物に訝し気にチラリと左右を確認する。

そして、目の前にあったニヤニヤと口元を歪めている銀時の表情に、初めて自分がはめられたのだと気付いた。

「〜っ、テメー…」

「おいおい、鬼の副長さんが、たかが一部下に何をそんなにびびってんの?」

「び、びびってねェ!少しびっくりしただけだボケ!」

痛い所を突かれた土方は、ギッと目の前の男を睨み付けて舌打ちを洩らす。

「テメー…次そんなタチの悪い冗談ついてみろ、まじで叩っ斬るぞ」

「へいへい、ったく、物騒なんだから」

綺麗に敷かれた布団にごろんと寝転がり、欠伸をする。

(襲われたって、どこら辺まで仕掛けられたのかなあ…)

「あのう…」

「うおぉいっ!」

突然かけられた声に銀時はすっとんきょんな声をあげながら布団から飛び起きると、襖の向こうには申し訳なさそうにこちらを見る山崎の姿があった。

「いいいきなり何だコノヤロー!びっくりするだろうかァ!」

「すみません、一応声はかけたんですけど応答が無かったもんで…」

「山崎、何の用だ」

銀時の肩をずいと押し退け山崎の方へと寄った土方の真剣な表情に、山崎は「ええと…」と言いにくそうに呟いて、

「そんな大した事じゃないんですけど…局長が旦那の為に歓迎会を開くそうなので、俺はそのお誘いに…」

すみませんと語尾につける事を、優秀な部下は忘れない。
緊急事態でも起きたのではと、張り詰めた様子で山崎に責め寄った土方は、肩を落とし呆れた様子で舌打ちをついている。

「歓迎会?何、酒でも出るの?」

「ええ、お酒も出ますよ。というか、歓迎会と言う名の飲み会って感じですね」

「まじで、行く行く!」

酒、と聞いて目を輝かせながら首を大きく縦に振ると、

「おい」

そのドスの聞いた低い声が、それを制止させた。

「正月でもねーのに、こんな時間から酒盛りが許されるとでも思ってんのか」

「でも隊士達もさっきから酒の準備とか始めて…」

「酒の準備だァ?んなもん、今すぐテメーが行って止めさせてくりゃァいい話だろーが」

「まあまあ、そんな固ェ事言いなさんな」

山崎の胸元を掴み、その首をがくがくと振っていた土方は、銀時とも山崎とも違う聞き覚えのある第三者の声にピタリと動きを止めた。

「たまにゃァこんな楽しみでもなけりゃ、隊士達もいい加減グレちまいやすぜ。飴と鞭でさァ、土方さん」

嫌な予感を感じながらゆっくりと振り返った先には、隊服からシンプルな気長しに身を包んだ少年が、片手に一升瓶を抱えながら襖に寄りかかっている。

「そそそ総悟!テメーいつのまに現れ…」

「ひでェなァ、その態度。旦那ァ、この人に何か言ってやって下せェよ」

心外だと大袈裟に肩をすくめた総悟は、そう言うとニコリと銀時に笑いかけ小首を傾げている。

(…このクソガキ、明らかに喧嘩売ってやがんな)

目の前の少年の悪意に心の中で舌打ちを浮かべながら、銀時は平然を装い同じように口元に笑みを浮かべた。

「なに、もう歓迎会始まっちゃってんの?」

「ほんの数十分前からでさァ。近藤さんはもう出来上がってますぜ」

「…ったく…あの人ァ何やってんだ…」

土方は手の平を額に当ててうなだれると、少し考え込むような素振りを見せ、

「…山崎、風呂あがったらそっち行くから、奴等を馬鹿みてェに飲まさせじゃねーぞ」

「はいよっ!」

かくして、副長様のお許しを貰った訳なのだが。


(風呂って、もしかして一緒に入る感じなんですかね…)

タオルを肩にさげ浴場へと向かう足取りは軽い筈なのだが、どうにも気の重い銀時は、暗く冷たい渡り廊下をひたひたと歩きながら、相変わらず男の背中に付いて行くのであった。


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