短編

長い夢
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*****

「銀ちゃん、おはよ」

陽も昇り、おはようの挨拶を使うにしは少し遅い時間。目を擦りながら押し入れから出て来た神楽は、

「最近、銀ちゃん変ネ」

自分の顔を見た途端、薮から棒にそう言い放った。

「…んだよ、何が変だっつんだよ」

「マヨが絡むと直ぐ上の空アル。それにどんな薄汚い仕事でも、銀ちゃんほんとは手が出るほど欲しい筈ヨ」

的確な指摘に内心ぎくりとするが、傍目に気付かれないよう表情を変えずに腕を組む。

「お前、人を節操無しみてぇに言うんじゃねーよ。俺も客ぐらい選ぶ。それに、あんな瞳孔開いてる強面に斬りかかる馬鹿居ないって」

「仕事に私情を挟むなって、銀ちゃんよく言うアル」

神楽の不満そうな表情を無視して、ソファーに横になる。
溜め息を付いて黄ばんだ天井を眺めていると、ふと喪失感に駆られた。

(喪失感?初めから何も手に入れてないのに?)

「おはよーございます」

晴れ晴れしい声と共に扉の開く音。藍色の袴に冴えない眼鏡の従業員は、来る度ソファーに寝転がる社長(仮)を生ゴミを見下ろすような瞳で見つめる。

「あれ、銀さんまだ寝てるんですか?」

「ふて腐れてるネ。仕事の依頼しに来たマヨ追い返してたアル」

「ちょっ、銀さん何考えてんですか!あんた仕事選べる身分じゃないでしょ!うちにはもう水と塩しかないんですよ!」

「……………」

人の気持ちも考えずに、その後もグチグチと説教を宣う新八を無視して背もたれ側に向き直ると、従業員はあからさまに大きなため息をついて肩をすくめている。

「ったく、あんたら顔合わせりゃ喧嘩しかしませんもんね。いいです、僕と神楽ちゃんでその仕事受けますから。…あーまだ間に合うかなぁ…」

「…るせェ、ダメガネ。つーか少しは空気読め」

「テメーが一番空気読めェェェェ!もううちはどう頑張っても食塩水しか生み出せねーんだよ!気にいらねェ仕事でも大人なら割り切って働けやこのダメニートがァァァ!」



強制的に追い出された我が家から、向かうは真選組屯所。
食う為には、生きる為には、身を粉にして働かなくてはいけないのだ。

(それが例え、この身を滅ぼすとしても)

引き笑いを浮かべながら慣れ親しんだかぶき町を、のたりのたりと重い足取りで進んでいく。


*****

下がり下がった気分に反比例するような大晴天。

勝手に依頼承諾の連絡をした従業員を恨みながら木刀だけを腰にさげ真選組屯所の門を過ぎれば、入り口辺りで動物園の熊(ゴリラか?)のように左右をうろうろしていた近藤が慌ただしくこちらに向かって来た。

「万事屋、よく来てくれたなァ!トシィ!万事屋が来たぞォォォ!」

嬉しそうに土方の名を呼ぶ近藤に心の内で暴言を吐きながら、相変わらず澄ました態度で煙草を燻っている男の姿にぐっと両拳を握った。

(こいつの為じゃない!坂田家の生活の為だ!)

「何だ、命張る仕事はしねェんじゃなかったのか」

一日に二度も会う事になろうとは。
煙を吐きながら腕を組む土方の姿に、出来るだけ自然を装いながら小さく頷く。

「…家庭の事情でそうも言ってられなくて」

言葉を濁しながらそう呟けば、男は興味が無さそうに相槌をうった。
普段なら気にも止めないであろう、男の無関心な態度に過敏に反応してしまう自分を情けなく思う。

野郎に、しかも忌み嫌ってる男に、興味を持てという方がおかしな話か。

「…まあ…」

「え?」

「まあ、何だ…こっちは助かった…けど」

…それなのにこれだ。
何で、諦めさせてくれない。

腹は括ってる、もう分かってる、報われない思いだって事、もう分かってるのに。

「やけに素直だなオイ。やめて、雨降りそう」

「るせェ、誰が…」

ずっとこんな関係で居たい。

だけど、もどかしいと胸の奥を急かす自分も居る。

一度、ほんの少しでいい。
俺の夢が少しでも実現出来たなら、それを糧にこれから先を過ごしていける。

男の顔を睨み付けるように瞳をあげる。


(こうなったら、開き直ってやる)

怪我が治るまで、俺は誰よりもこいつの側に居られる。

傷が抉れようが、胸が潰れようが、そんなの知ったこっちゃねぇ。
怪我が治るまでは俺のもんだ。

(この状況を存分に楽しんでやる)

誤った選択なのかもしれない。

だけど俺は、それだけで自分を保てる気がした。


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