短編

長い夢
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自分自身を騙すように平然を装いながら大きな欠伸をしていると、

「おい」

突然、目の前に火花が飛んだ。

「……ッ!」

頬を殴られ頭から畳に叩きつけられる。
鈍い痛みを抱えながら状況も分からないままゆっくりと起き上がり、自分の目の前に立つ男を見上げれば、男は素知らぬ表情で自分を見下ろしていた。

殴られた左頬を押さえながら男を睨みつける。

「いきなり何すんだゴラァ!」

「…怪我してっから、その程度で済んだと思えよ」

男は低い声でそう言うと、膝を折り曲げ銀時の瞳に視線を合わせ、

「な、何…」

「テメーは、何ひとりでテンパってんだ」

銀時の着流しの合わせを掴み、土方は呆れたようにそう呟いた。

「なっ、テンパるも何もねーだろ!何でおめェはそんな冷静なんだよ!」

「…冷静?」

男は伏せていた瞳を真っ直ぐにあげて

「これのどこが冷静だよ」

怒りの籠もった瞳を、自分に向けた。

胸元をつかむ左の拳に更なる力が加わると、銀時は小さな悲鳴をあげて

「…なっ、何でお前がキレてんだよ!キレたいのはこっちだっつーの!」

「それこそ訳分かんねェよ!何でテメーがキレんだよ!」


「っ、こんなに近くに居るのにお前に触れる事も出来ねェ俺の気持ちも少しは考えろや!」


土方を勢いよく突飛ばし、

「目の前に居るのに抱きしめる事も出来ねェ俺の気持ちを少しでも分かれっつーんだよ!」



ぜーぜーと肩で呼吸をしながら男を睨み付ける。


(…最、悪だ)

切望感。
それと、行き場のない思い。
身体中に溢れ返るそれは、たちまち理不尽な怒りに変わる。


(何でお前は、俺を好きにならない…?)

(だって、こんなにも俺は…)


男を睨み付けながら、何て利己的な考えだと自嘲的に笑みを浮かべる。

「…じゃあね、土方君」

立ち上がると、相手の顔も見ずにそう声をかけた。
顔は見たくない、辛い。
何だ。何でこんなに俺ァ弱くなったんだろう。

「おい、」

「あ?」

振り返った先に、煙草に火を灯す土方の姿。

「触れてェなら、勝手に触れりゃァいいじゃねーか」

呆れた様子でそう言って、

「抱きしめてェんなら、勝手に抱きしめろよ」

吸い込んだ煙を吐き出した。

「……………はい?」

何の前置きも無しに爆弾発言を発した男の言葉に、銀時は口を開いたまま間抜けな声を出した。

「…嫌なら抵抗すんだろ、普通」

土方は銀時を見上げながら、

「何も試さねェまま、お前はもう終わりにすんのか?」

やはり土方はいつもの調子で、そんな言葉を吐き捨てて。



(もしも、)

(もしも、この夢がほんの一片でも実現したら―…)

男の両肩を掴みその身体を引き寄れば、その背中を強く強く抱き締める。

(…そう、何度だって夢見てきた)

肩口に顔を埋めゆっくりと目を瞑れば、どちらとも分からない鼓動の音が、とくん、とくん、と脈を刻んでいる。

(これは夢だ)

(…今まで見ていた、夢の続き)


「………なせ」

「…え?」

「っ、離せって言ってんだろうがコラァァァァ!」

けたたましい怒鳴り声と共に怒りの籠もった左腕が銀時のを力強く突飛ばした。

その不意討ちの力に負け部屋の柱に後頭部を勢いよく強打し、視界にはチカチカと星々が瞬いている。

「……え?」

実に間抜けな声をあげて、銀時は相手を見上げる。

「嫌なら抵抗するって、最初に言っただろ」

「…いや、それはそうなんだけどね…」

「?何か問題あるか?」


問題大有りじゃぁぁぁ!このまま割り切れるかぁぁ!

なんて、言わないけど。

仕方ない、仕方ないよもう。
お前を抱き締めたこの温もりを忘れることは出来ないけど、この温もりがあれば、もう大丈夫。

「分かった。ありがとう土方君」

最後は笑顔でお別れ、なんてベタなこと。でも本当に笑顔が浮かんでくるし。

重い腰をあげて襖に手を伸ばすと、笑顔は張り付いたまま。

「おい、」

襖を開く手前、


「お前が俺に触れてた時間、何秒だと思う」



低い声が、俺を呼び止めて。

「…へ?何、いきなり…」

「いいから言え」

「…五秒ぐらい?」

「違ェ、七秒だ」

「…何が言いたいの?」

恐る恐る振り返る。
その先にある男の顔が、俺を拒絶していることを願って。

「俺は男に興味はねぇ。野郎に好かれるなんざ、はっきり言って気色悪ィと思う」

それなのに、

「…でもな、お前は何でか気色悪ィと思わねーんだ」

こいつは、何て顔をするんだろう。

「そ、んなの…」

「言ってんだろうが」

土方はぼそりとそう呟いて、

「俺はお前に抱きしめられて、七秒も平気だった」

そんな風に言い捨てた。


(傍に居れるだけで幸せだと、思いたくても思えないこと)

「それァ…お前だからだと思う」

(生きてる間は傍に居たいから、本心を包み隠すこと)

「…お前が好きかどうかは正直分からねぇ」

(本当は、見つめ合って)


「…だけど、」


(名前を呼んで)

(それだけが、)


「俺はお前を好きになれると思う」



(俺の、幸せな長い夢)





「…はは…」

乾いた笑い。思わず手の平で顔を覆って。

「…何が好きになれるだよ…」


「…好きだ、とでも言えば満足か?」

「…そんなの、いつか自力で言わせてやるし」


その言葉に、土方は目を細めながら口角をあげて


「そんじゃァ、俺がテメーを好きになるまで待ってろ」



そんな、愛の言葉を囁いた。



初めは、側に居たいと思った。

だけど気付けば、それだけでは不満になった。

そしていつしか、不満ではなく痛みに変わった。


胸が痛むが怖くて、

それでも俺は、お前と向き合いたかっただけで。



「なあ、土方。待ってて欲しいなら、俺にお願いしてよ」

「お願い?」

「俺が好きになるまで誰にも目移りする事なく待ってて、って」

「…は、馬鹿かお前」


自分を見下ろして鼻を鳴らしている男の態度に、文句でも言ってやろうと唇を開きかけると、


「お前は頼まれねェでも、ずっと待ってんだろ?」


男は機嫌が良さそうにそう問いかけるから


(…そりゃ、ずっと待ってるけど)



頬をかきながら、惚れた弱みだ、と小さな溜め息をついた。


END
おまけ

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