短編

長い夢
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三日月の下、部屋の縁側に腰かけて煙草を吸う土方の横で木刀を抱えながら足をぶらぶらとさせて、夜空にあがる白い煙を見上げた。

横目で月明かりに照らされた横顔を見つめれば、ふとその顔を正面で見たいと思う。

(…二人で過ごす最後の夜…か)

そんな感傷の混じった言葉が浮かんだのは、きっと空に浮かぶ月が綺麗だからで、

(…最初で最後)

薄く開いたその唇は、声になる前にその音を消した。
まるで、自分を戒めるかのような響き。


傍に居られるだけでいい、なんて。
この思いは、そんな綺麗な思いなんかじゃない。

利己的で、打算的で、ずる賢い、これが恋かと聞かれれば思わず苦笑してしまうような、自分勝手な感情。

逃げ道ばかり作る事に必死になって、向き合う事も、思いが叶う事さえも願わずに、ただこいつが自分の前から消えていかないように、それだけを思った。

この状況を楽しもうなんて、最初から無理だってこと気付いてた筈なのに、そこから逃げるように目線を反らして、甘い甘い偽りの時間に溺れようとした。

―…だけど、

傍にいれば、触れたいと思う。抱き締めたいと思う。キスをしたいと思う。

もっと、という欲が溢れて、それを抑え込む度に内側がボロボロと崩れてく。
不毛な恋に身を焼かれる。

手を伸ばせば、抱き締める事なんて容易い距離。
それなのに、何故手を伸ばせない?

こんなに、近くにいるのに。


「…何か、調子狂うな」

低い声。浮遊する思考が戻って来ると、銀時はふっと我に返った。

「…え、何が」

ゆらゆらと揺らぐ瞳が土方に目線をやれば、土方は前を向いたまま白い煙草の煙を吐き出している。

「…お前が、無口だと」

顔はいつもの無表情で、独り言のように呟いた男に瞳をふわっと開く。

「…無、口?」

「普段ならペラペラうぜェぐれェ達者な口が、今朝から止まってんぞ。…らしくねェ」

そう言い放った存外間違っていない男の指摘に、疾しさを覚え思わず視線を泳がせる。

(肝心な所ァ鈍感な癖に、人を見てやがる)

「あー…俺ここ一週間ぐれェ倹約家も引くような生活を送って来たからね。血糖値下がりまくだし、そりゃテンションぐれェ下がるってか…」

「そういうんじゃなくて―…」

ようやく、瞳が重なった。
真正面から自分を見つめる男の言葉は途中で途切れて、それ以上先を続けようとはしない。
眉を寄せて、また視線を元に戻している。

「俺に元気なかったら、そんなに心配?」

その様子を茶化すように土方の顔を覗き込む。口元をニヤニヤと緩めて、普段の軽口を溢したつもりだった。

「そりゃ、少しはな」

それなのに、そんな言葉を紡ぐから。

(言えよ。「そんな訳あるか」って、いつもみてェに)

思わず苦笑する。

(調子狂うのはこっちだ、馬鹿やろう)


「…は、愛されてんなァ…」

どんな返事をすればいいのか、苦し紛れにそんな台詞を呟いて、ふわりと目を細め前髪をかきあげた。


否定される事を恐れる癖に、俺はこいつに否定される事を願ってる。

その優しさが、俺を期待させる。

「調子のんな、アーホ」

だから、そんな風に笑わないで。

お願いだから、俺を思いきり突き放してよ。


呆れたように肩をすくめる男の横顔は、言葉とは裏腹に柔らかい笑みを浮かべている。

月灯りの下の、漆黒の黒髪。

(腕を伸ばして)

剣を扱う者にしては、存外綺麗な指先。

(その肩を引き寄せて)

警戒心剥き出しの瞳が、たまに無防備になる瞬間。

(その唇に)

全部、俺だけが知っていたい。

(―…触れたい)



「―…坂、田?」

自分の名を呼んだ低い声にビクリと震える。

至近距離にある男の顔が、不思議そうに自分を見つめていた。

「…っ、」

反射的に自分に引き寄せるように掴んでいた男の左肩を離して、揺らいだ瞳を相手に悟られないように俯く。

(…何だ)

ドクドクと鳴り響く鼓動。

(俺ァ、今こいつにキスしようとして―…)


「…おい?大丈夫か?…何かお前変だぞ」


お願いだから、俺に優しくしないで。

溢れてくる。

抑えがきかなくなる。


「…とうしろう」

「…え?」

「十四郎」


泣きそうだ。

名前を呼ぶだけで、こんなにも切なくなる。

「…何、だよ。お前何言って…」

「…例えばさ、」

(誰か、)

「大切な奴が居てさ、生きてる間はずっとそいつの傍に居たくて」

(誰か、止めてくれ)

「だけど、傍に居るだけでは不満なんだ。…抱き締めたくて、触れたくて」

「…………」

「でも、そいつが離れて行く可能性が少しでもあるんなら、俺はずっと今のままでいいとも思った」

(一生このままでいい、と思った)

「…そしたら、胸が疼くようになった。そいつが誰かの名前を呼ぶ度、誰かと触れ合う度、胸が疼くんだ」

「…坂田、」

ここまで言葉にして、相手の声に視線を向ける。

いま、自分がどんな顔をしてるかも分からない。

相手の小さな溜め息。
視線が重なる。

「…俺ァ、男なんざ興味ねェ」

「…………」

「…だから、お前が思い悩むってのも検討違いの話…」

「だけど、俺は」

だけど、俺は―…



「お前が、好きだから」




やめれば良かった。


護衛なんて、やめれば良かった。



麻痺した胸が、痛い。


潰れるように、痛い。




瞳に帯びる熱が視界を揺らして、先程まではまともに見えていた筈の三日月が、ぐにゃりと歪んで見える。

後は長い静寂…………

「あ?」

が、続く筈だったのに。

男のすっとんきょんな声がその長い筈の静寂をばっさりと切り裂いたのだった。

「お前、何の話をしてんだ?」

「え?」

振り返った先の表情は、訳が分からない、という顔をしていて、

「お前の話の"そいづって、総悟の事じゃねーのか?」

「……………はい?」

相手の言葉に、自分まですっとんきょんな声をあげた。

「…な、何でここでいきなり沖田君が出てくんだよ」

「お前の好きな奴ァ、総悟だろ?」

思わず視界がユラリと揺れた。

(一体全体、この勘違いは何だ)


「お前さ、自分で気付いてねェみたいだが、俺が総悟と話でもしようもんなら、すげェ顔してたぞ」

土方は訝しげな表情で自分を見つめて、

「だから俺ァお前に気使って…や、別にもともとあんな野郎は好いちゃいねェが、"男なんざ興味ねぇ゙って…。それなのに何で、急に俺が出てくんだよ」

「…ちょっと待て。逆に何でお前はいきなりそんな答えにたどり着いた…?こっちのが訳分からないんだけど…」

「いきなりじゃねーよ、薄々は気付いてた。それが確信になったのは広間で近藤さんに説教受けた後だけどな」

「…………馬鹿じゃねーの、お前」

「あ?誰が馬鹿だコラ」


ギッと自分を睨み付ける男に溜め息をつく。

馬鹿だろ。
ましで馬鹿だろこいつ。

だって、元気ねェのは俺が沖田君に報われねェ恋をしてるからだって思ってたんだろ。
そんで、俺が土方に嫉妬してると思ってたんだろ。

だから、"男なんざ興味ねェ"って。
"お前が思い悩むってのも検討違いの話だ"って。

(…優しいね、ほんと)


「…残念ながら、それは土方君の勘違い」

「勘違い?」

改めて言い直すように、ゆっくりと前を見据える。

「…俺が好きなのはお前。沖田君じゃなくて、土方十四郎、…お前」



墓場まで持っていく筈だった思い。

こんなにも呆気なく口走っちまって、本当に馬鹿だよなあ、俺は。


「もういいや。金いらないからこのまま帰らせて。…そんで全部忘れて」

背伸びをするように両腕を伸ばして、ふっと苦笑する。

「明日から俺とお前は他人。今までありがとな、さよーなら」


もういいよな。

もう充分だよな。


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