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□初恋
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ソファーに座った平介の背中を見つめていた。


秋はもうここに預けられることはなくなり、彼と会う機会は減った。
個人的な繋がりも持っているが、あの二人には叶わない。
子供でも大人でもない。友達でも家族でもない。
恋人でもない。


「あっくん。どーしたの」
秋の視線に気付いたのか、平介は振り返った。
そしてあの頃と変わらない、やわらかであたたかな笑顔を秋に向けた。
そうかと思えば、今度は「しょんぼりオーラ出てるよ」と秋の後ろを指しながらいたずらっぽく笑う。
「母さんたち買い物行っちゃってさみしいの?」
「ないない」
「だよねー」
こうして軽口を叩けるのは、あの頃と比べて秋が大人になったからだ。
しかし、秋が大人に近付けば彼もその分さらに大人になる。
幼い頃の秋は大人になれば対等になれるものだと思っていたが、そんなことは当然なく、二人の距離は縮まらないままだった。
それがどんなに切ないか、彼にわかるだろうか。いや、わかるはずがない、と秋は思った。鈍くて、人に興味をもつことすら少ない彼が誰かの恋心に気付くビジョンなんて浮かんでこない。
平介がそんな風だと、秋はますます卑屈になってしまう。
――きっと俺にも興味はない。ただのいとこ。一回り歳の離れた、特に深い関係はない、子供。そう思っているに違いない。
「平介、さ」
「うん。なーに」
「俺に興味、ある?」
卑屈な考えを巡らせた秋は、勢いでそう訊いてしまった。
「な…」
急にそんなことを訊かれて、平介はとても動揺した。
秋からすれば、それは意外な反応だった。
「なかなか恥ずかしいことを訊くね」
前に向き直って、頭を掻きながら言う。
彼は今どんな顔をしているのだろうか、と気になり、秋は彼の名前を呼んでみた。
「ん…」
呼ばれ、もう一度振り返った彼の、眉の下がった困り顔。
普通なら恥ずかしくて見られたくないようなその顔が、秋の心を締め付ける。
――ああ。どうしてこんなにかわいいんだろう。本当なら今すぐに抱きしめたい。自分のものに、したい。
困らせて悪いという気持ちより、そう思ってしまった。
「平介、好き」
言うつもりのなかった言葉が涙と一緒にこぼれた。同時に、しゃがみ込んでしまう。
彼は先程より驚いたようだった。
ソファーから降りると、秋に駆け寄った。
秋は少し下を向いて、泣き顔をささやかに隠す。彼はそれを少し覗き込むようにしながら、秋の背中を撫でた。
「俺、平介が好きだよ」
平介より背は高くなったし、声だってあの頃とは全然違う。それでもまだ、秋の心は平介に支えられないと壊れてしまいそうだった。
彼は秋の細い声には返事をせず、秋の顎を持ち上げ、無理やり顔を上げさせた。
「あっくん」
そして、キスをした。
――平介の顔がこんな近くに。いや、近くどころじゃない。触れている。
目を閉じた彼の睫毛が揺れる。色っぽい。秋にとって、そのシーンはまだ刺激が強すぎた。一瞬の出来事だったのに、衝撃で涙も止まってしまった。
「俺もね、好き。あっくんのこと」
平介はそう言って秋の髪を撫でる。
秋のそれより細く、白い指。
「平介、俺」
「俺、どうしたらいいかなあ。いくら好きだからって、付き合う、とかしていいのかな。あっくんと」
秋は、たった今自分が聞きかけたことを聞かれて戸惑った。
そう。従兄弟とはいえ血の繋がりがあり、歳の差もあり、もちろん男同士でもある。付き合う、だけでもなく、何かをするというのには大きな壁がたくさんあった。
だから、好きだとも言わずにおこうと思ったのだ。
「あっくんが、彼氏、か」
その言葉に頬が緩む。しかし想像すると気まずいというかなんというか、不思議な感じだ。
秋が「なんか、ね」と同意して言うと、平介はほっとした。重要なところで価値観が合うことで、この先の関係もいいものであると思えた。
「でも、付き合ってないのにあんまりあれこれしちゃうのもね」
それも全くの同意で、秋は「そうそう」と相槌を打って、目を合わせる。
お互い、それが悪いとか、自分の中の道理に外れているとか、そういうことではなかった。ただ、どうなのかなあ、と思うだけだった。
要は、わからないのだ。
うすぼんやりとした波長がぴたりと一致していることは不思議だった。それが血なのだろうか。
「うん、まあ…」
考える素振りは1分ももたなくて、結局それは秋から切り出した。
決めるのは勇気が要ることだが、二人の概念はほとんど重なっていたから、きっと大丈夫だと思った。
秋は平介の手を握ってみた。こうして触れてみるだけで、愛しい気持ちを共有できる。
「付き合おっか」
平介は少し眉を上げ、驚いたようだった。
しかしそれは、“秋が決断という難しいことをやり遂げた”ということへの驚きだった。
だからすぐに
「そだね」
と、まるで「お茶にしようか」と言われた返事みたいに、ふにゃりとやわらかく笑ってそう答えた。
恋人になった平介に、今度は秋からキスをして、髪を撫でた。
そのさらさらの茶髪にも唇で触れてみる。
本当はいつまでもそうしていたいと思った。しかし、そのままでいたら歯止めがきかなくなる気がして、体を離した。
それもまた同じ気持ちだったようで、平介は恥ずかしそうに上目遣いで秋を見つめた。
「あっくん。
 …お茶にしようか」
「そだね」
秋はさっきの平介と同じように、そう答えた。


fin.

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