精霊の唄(怨霊編)
□奇跡の軌跡(更新中)
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8月6日、月曜日。
夏季休校の真っ最中ではあるが、今日は夏期講習の日。
夏休みの宿題の手助けをしてもらったり、受験生である三年生が進路などを相談する為に設けられた日だ。
当然、英雄は職員室待機。
その傍らにはビーナスがいる。
「だいたい、俺に勉強を訊いて来る生徒が居るのかな」
「わう?」
「俺の出勤日は、この日を覗けば今月の下旬からでいいんだよ。いっぺん、丸一カ月を仕事以外で使ってみたいよ」
「ガルルルルル………」
「え?駄目って?」
「わう」
「だって〜………昨年もそうだったけど、この日って超暇なんだもん……。時間が勿体ないよ」
「くぅん……」
ビーナスにそんなことを愚痴っていると、香奈崎教諭がカップを手渡してくれた。
「あ…ありがとうございます……」
「……君の気持ちは分かるが……俺たちが受け持っているのは、人生で最も難しい時期の子供ばかり。身構えていて損はしない……」
「……そうですね」
香奈崎教諭が立ち去り、コーヒーを堪能していると…。
女子生徒が訪れて来た。
「先生…。相談があるんだけど……」
「都宮じゃないか。相談とは?」
「えっと……学校のことじゃなくてもいいのかな………。でも、私……」
英雄は察した。
「もしかして、家のことか?」
「そう……」
「じゃあ、こっちにおいで」
職員室の一角にある長テーブルへ連れて来ると、向かい同士に腰掛けさせた。
「家で何かあったのか?」
「何かあったなんてものじゃないわ……。ほら……私、停学になったでしょう……?親が来なくて……」
「ああ…」
「その、停学になったことが通知表でも当然評価されたものだから、成績が悪く見えるのは当たり前。なのに、あの母親ときたら……」
都宮は悲しい…というよりも、怒っているようだった。
「停学になったのは自分のせいでしょ、って。確かに私がしたことだけど……野杉先生が言ってたことを考えてみたの。未成年者が犯罪を犯せば、親に責任があるっていう話…」
「うん」
「親は、私に対してそんなことなくて。弟がいるんだけど、両親共にそっちばっかり贔屓してて、ゴハンだって私にはお金だけ渡して勝手に食べろ…だし、洗濯物もお前のは汚いから一緒に洗いたくない、金をやるから外で洗えって言われたり………」
「なんでまた……。両親の実の子供じゃないのか……?」
「実の子供よ。母子手帳もあるんだから……。いい加減、そんな扱いが嫌になって、夏休みが始まってすぐ家出したの。今、浜崎さんの家でお世話になっているんだけど…その浜崎さんや、ご両親、お兄さんやお姉さんも、担任に相談した方がいいって………だから………」
「そうだな…。俺に相談したのは正解だったな。そういうことがあっても黙ってる子は多いんだよ。言っても無駄だから言わないっていう、ひねくれた子たちが……」
英雄は溜め息をついた。
「俺ら先生って、そういう生徒の為に動くことを許されているんだよ。だから、そういうことは何でも言って欲しいと思っている。よく話してくれたな」
「な……なんとか出来るの?私、出来ればもう家に帰りたくないんだけど……。浜崎さんたちに迷惑がかからないように、生活したいだけなのよ……」
「それを、これから然るべき施設に相談に行かなければならないんだ。少し待っててくれ」
立ち上がり、デスクへ戻って書類を取り出して。
それを、都宮に差し出した。
「これに、連絡先を書いてもらえるかな」
「あ、うん……」
記入してもらい、目を通して肩を鳴らした。
「さあて、やりますか。ああ、結果が出たらここに連絡するから、宜しく」
「どのくらいかかる…?」
「俺の頑張り次第、かなぁ……。浜崎のご両親が味方なら、そっちの方に事情を話してもらえたら助かるんだけど」
「分かったわ。ちゃんと伝えておく」
英雄は、その書類を持ってデスクへ戻り、出かける支度を始めた。