薔薇の部屋

□黒翼の乙女と白銀の青年
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その夜、自室のドアを開けた青年の眼前には、革張りの立派な鞄が1つ鎮座していた。
「何だこれ? 僕へのプレゼントかな?」
怪訝に思いながらも鞄に歩み寄って開けると、中には1人の少女が、いや、少女の人形が入っていた。
黒いブーツを履き、闇夜色のドレスを纏っている。銀色の長い髪の上に、バラ飾りの付いたドレスと同じ色のヘッドドレスをしている。美しい顔の上に髪が何本かかかっている。
「人形かぁ。よく出来ているなぁ」
彼はそう呟くと、まるで幼い子供を高い高いするように、人形を抱き上げた。
「あれ?」
何かフワッとした感触に、青年は人形の肩越しに背中を覗いた。先ほどは髪に隠れて見えなかったが、人形の背中には黒い翼が生えている。よく見ると、翼の間に螺子を入れる穴があった。
「ひょっとして、手紙の『まく』って、これのこと?」
青年は人形を片腕に乗せるように抱えると、空いた方の手で鞄の中を探す。
「あ、あったあった」
螺子を手に取り、さっそく人形の螺子を巻き始める。
キリキリ、キリキリ、キリキリ・・・
螺子を巻き終えた途端、人形がほんのりと輝きだし、青年の手を離れて宙に浮いた。
「な、何だ!?」
青年が驚きの声を上げると同時に、人形がゆっくりと目を開けた。バラのように赤い瞳。
「ふふ。こんばんわぁ。貴方が私の螺子を巻いたのぉ?」
小悪魔のように微笑み、妖悦な声で人形が喋った。普通の人なら悲鳴を上げるか失神しそうなものだが、青年は
「うん、そうだけど」
と、普通に人形に答えたのだ。
「あら、驚かないのね?」
「いや、とても驚いてるよ」
「その割には落ち着いてるじゃなぁい。私を見た他の人間は、叫んだり、気を失ったりしてたわよぉ」
「僕は自他共に認める変わり者でね」
彼はそう言って肩をすくめた。
「ふうん、そう。それにしても、随分暗い部屋ねぇ。明かりがほとんど無いじゃなぁい」
彼女は宙に浮いたまま部屋を見回す。部屋にはベッドと机、たくさんの本が詰まった大きな本棚くらいが置かれている。明かりはろうそくが1本あるだけで、その他の明かりは窓から入る月明かりだけだ。
「僕にはこれでちょうどいいんだ。よく暗いのを嫌う人がいるけど、僕は逆に朝とか昼間のほうが嫌いなんだ」
「どうして?」
「眩しいから」
思わず訊ねた彼女に、青年は笑顔で答えた。その答えに、思わず呆気に取られる乙女。
「・・・ま、別にどうでもいいわぁ。それより貴方、私と契約なさぁい」
「契約って、どうするの?」
「この指輪に口付けをするの。簡単でしょぉ」
乙女はすっと左手を青年の目の前に差し出した。左手の薬指にはバラの指輪がはまっている。
「いいの? 僕なんかがしても?」
「嫌ならいいのよぉ。別にぃ」
「ううん、嫌じゃないよ」
「だったら、早くしなさぁい」
青年がそっと指輪に口付けをすると、彼の指にも同じ指輪がはまっていた。
「うわっ! どうなってるのこれ?」
青年は目を丸くし、しげしげと指輪を見つめる。
「それで契約完了よぉ。じゃあ、バイバ〜イ」
彼女は窓を開け、そこから飛び立とうとした。
「ちょっと、どこへ行くの?」
立ち去ろうとする乙女に、青年は慌てて声をかける。
「どこへ行こうと、私の勝手でしょぉ。じゃあねぇ」
「待って」
再び飛び立とうとする乙女の手を握り、その場に引き止める青年。
「今度はなぁに?」
彼女は睨むように青年を見据えた。しかし、彼はその目に怯えることなく、手を離して優雅に一礼した。
「僕はハルファス、ハルファス・エルレット。君の名前は?」
ニコリと笑って名乗り、乙女の名前を尋ねるが、
「貴方に教える義理は無いわぁ」
彼女はあっさりと一蹴した。
「けどさ、いつまでも名無しじゃ呼びづらいよ」
「貴方に私の名前を呼べる権利があるぅ?」
「じゃあ、ニックネームは?」
「なぁんて呼ぶつもりぃ?」
「白雪姫」
さらりと返ってきたこのニックネームに、乙女は赤い瞳を大きく見開く。
「な! 何で白雪姫なのよぉ!?」
「だって、『雪のように白く、血のように赤く、黒檀のように黒い女の子が欲しい』って、お后が願って生まれたのが白雪姫だろ。雪のように白い髪に、血のように赤い瞳、黒檀のように黒い翼、まさしく白雪姫じゃないか」
動揺して声を荒げる乙女に、青年は素直に答えた。
「貴方、馬鹿じゃないの!? 白雪姫には翼は無いわよ!」
「あ、そうだね。あはは」
乙女に指摘され、笑い出すハルファス。
「馬鹿呼ばわりされて笑ってるなんて、本当にお馬鹿さんじゃないのぉ?」
「かもね」
「否定しないなんて、呆れてものも言えないわぁ」
乙女はハルファスにクルリと背を向け、黒い翼を広げる。
「ねえ、しら」
「水銀燈」
「え?」
彼の言葉を遮って響いてきた声に、キョトンとするハルファス。
「私の名前よ。お馬鹿さんな貴方には特別にもう一回だけ教えてあげるわぁ。水銀燈よ」
水銀燈と名乗った乙女は振り返ってハルファスに微笑んだ。あの小悪魔的な微笑みを。
「ありがとう。名前を教えてくれて」
「本当は教えたくなかったんだけどぉ、変なあだ名で呼ばれたくないからねぇ」
プイッと顔を背け、また窓の外の方を向く水銀燈。
「水銀燈、また遊びに来てくれる?」
「まあ、そのうち気が向いたらねぇ」
ハルファスにそう言うと、水銀燈は翼を広げて飛んで行ってしまった。先ほど水銀燈の入っていた鞄は、いつの間にか部屋から消えていた。
「じゃあまたね、水銀燈」
ハルファス青年は水銀燈の飛んで行った夜空を見上げて呟いた。
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