short-novel
□見つめられない
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「榎本―?」
「……」
「榎本―?」
「は、はい!」
「……希美??」
「……な、なに?」
「なんで顔上げないの?」
見つめられない
6月。
気温、16.5度。
湿度、70%。
天気、……大雨。
私は今、そんなジメジメとした空気が、よりいっそうこもっている美術室にいる。
あれ?でも、ここより別の教室の方がジメジメしてるかも……まぁ、いっか。
「だから、なんで顔上げないの?」
そして、スケッチブックにいたずら描きをする私の前には、この間恋人になったばかりの、浅見君。
あ。なんか、“恋人”って響き好きだな。
て、そんな場合じゃないってば!
「え……っと……」
私は鉛筆を握っていた指を緩め、言葉を探す。
理由は理由は……っと。あぁ、あれだ。
思いが通じてから、こうやって二人で美術室に入るのが初めてだから。
それと、いつもより浅見君との距離が近くかんじるから。
でも、やっぱり一番は……
私はチラッと上目づかいで彼を見る。
――やっぱり。
「やっとこっち見た。」
「……ち、近い……、よ」
鼻と鼻が触れそうなくらいに接近した、浅見君の顔。
浅見君って整った顔をしているから、ついつい見とれてしまう。
綺麗な黒い髪は、ハッキリ言ってしまえば、モッサリしていて。
あ、えっと、悪い意味じゃなくて、フワフワしてるってこと。
女の子の髪ほどじゃないけど、浅見君の髪は柔らかくて。
それをワックスでいじってるんだけど、たまに寝ぐせと一緒になってるんだよね。
でもでもっ!本当に浅見君の顔は整ってるんだよ!
目もパッチリしてるし、睫毛長いし、小麦色に焼けた肌はキレイだし。
色眼鏡ってわけじゃないんだよ?これ。
千恵美ちゃん――あ、私の親友なんだけど――だって同じこと言ってたし、クラスの女の子たちだって言ってる。
――てことは、私って意外と面食い?
「希美?」
「え!?あ……うん。」
突然声をかけられて、私は適当に返事を返してから、再び考え込んだ。
えと……まぁ、それ――顔が整ってるからっていうのもあるし。
でも、一番は、浅見君の顔が異常なくらいに急接近してるから、
恥ずかしくてまともに見れなくて、ついつい下を向いちゃうんだよ。
でも、そんなこと素直に言ったって、浅見君は喜んで近づいてくるから、まったく意味がないんだ。
前にも一度こんなことがあって、そのことを言ったら、浅見君てば人目も憚らずに……
ヤダ、思い出したら余計恥ずかしくなってきちゃったよ……。
私は頬の熱がさらに上昇しはじめたのを感じ、さらに俯いてスケッチブックの端っこをいじる。
と、その手の上に浅見君の手が重ねられた。
その温もりに、驚いた私の手が小さく跳ねた。