□『普段笑顔の人が無表情になる時ほど怖いものはない』
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この震えは怒り??


いや…恐怖だ。



【土方side】



屯所は年がら年中明るい。
夜でも屯所内の電球は殆ど消えることがない。
例えば屯所の入り口や、見張り番の部屋の電気は消えることを知らない。

消えているのは使われていない部屋や、
眠っている奴等の部屋。

俺は副長という立場もあり、毎日深夜まで書類整理に追われている為、部屋の電気は殆ど付けっぱなしだった。



今日もそんな日常のひとつだった。



カチカチと壁に掛けられた古時計の振り子が音を鳴らす度に眠りへと誘う。
書類整理とは酷く単調なもので、
報告書、始末書などの内容を一通り読んで副長の欄に判を押すというものだった。

簡単なように見えて実は結構難しい。

別に全部頭の中に入れるわけじゃあないが、それでもある程度は知っておかなければならない。


副長という立場上尚更、だ。


あと10センチ程高さがある書類の束に思わず溜め息が漏れる。
こうも毎日書類にまみれると気が狂いそうになるなと自嘲の笑みさえ浮かべてしまう。


気分転換にと煙草を吸おうとしたが、書類整理を始めてから一体何本吸ったのか…
灰皿には吸殻が溢れ返っていた。
それを畳に落とさないようにゴミ箱に捨て、また一本煙草を取り出して口に銜えて火を付けた。
ゴミ箱に吸殻を捨てた時、煙草のケースが2箱捨てられていた。





“そんなにも…”





吸っていたのか。
無意識とは恐ろしいなどと、まるで自分には無関係だというように頭の隅でそう思った。




カチ、カチ、カチ、カチ………





そういえば明日は久しぶりの休暇だ。
だから今こうして書類を消化しているのだ。本当は休暇などいらないと思うが、
こういう時にしか会えない。

あぁ会うというのは…自分の部下の恋人なんだが、
部下の目を盗んでは休暇の時にその恋人と甘味処へ足を運ぶ。
甘い物が好きなわけではないが、
アイツが美味しそうに甘味を食べているのを見るのが好きなのだ。

頬が裂けるんじゃないかというくらい甘味を頬張り、時々クリームや小豆が口許を汚し、それを自分が指で取って口に運ぶ。

その動作にアイツは少し頬を紅く染めて笑う。

その表情を見れば酷く幸せで、
自分の立場を一瞬忘れてしまいそうになる。
たとえ部下のものだろうが、
こうして逢瀬を重ねることに幸せを感じていた。





「副長!!」





考えに耽っていると部屋の外から自分を呼ぶ声がした。


あぁ…休みが潰れたと直感的に感じた。





「どうした」



「路地裏で殺人が起きました」



「分かった」





まだそんなに吸っていない煙草を灰皿に押し付け、刀を携えて部屋を出た。










***










現場は歌舞伎町の一角にある路地裏だった。酷い有り様で、今までに何度も殺人現場に居合わせたことはあるが、これはあまりにも残酷だと思った。

仏が誰か判別できない程、頭が潰され、身体もバラバラに千切られていた。
3人程、だろうか。

まるで地獄絵図。





“…千切る??”





「副長…これは………」



「見たこと、ねえな…」





そう、千切られているように見える。
刀傷ではない。
凶器にしては切り口が不自然だ。
そして遺体近くには夥しい程の…





「精液か」



「みたいですね」





仏になった奴が犯されて殺されたのか、
それとも犯した相手に仏が殺されたのか…

血の匂いと共に青臭い匂いが鼻に付き、このままだと嗅覚がおかしくなると感じた
俺はこの場を少し離れようと足を動かした。




かしゃん





“…なんだ??”





靴に何かが当たった。
ライトが照らされているが足元は少し暗い為、目を凝らして靴に当たった物を見て俺は驚愕した。





“これは…!!”





それはレンズが割れ、フレームの折れ曲がった眼鏡だった。
その眼鏡には見覚えがあり、それを手袋をした手で拾い上げた。





“…う、そだろ…??”





アイツのものだと判断出来た。
確かこの眼鏡は母の形見なんだと笑って話していたアイツが掛けていた。
その証拠にフレームに傷が入っている。
古いから傷が多いと言っていた。

もう一度バラバラにさせられた遺体に目を移す。





“死んで、ない”





アイツの死体はない。
服装も違う。
では何故ここに眼鏡が…??





…嫌な、予感がする。





俺はその眼鏡を懐に隠し、現場を離れた。









***









路地裏での殺人の捜査報告を朝の集会で行った。
勿論、あの眼鏡は証拠として提出していない。
本来ならこんなことをすると切腹ものだが、どうしても確かめたかった。





「えー、以上で報告は終わりだ。他にないか??」





近藤さんがそう言い終えると、廊下から慌ただしい音が聞こえた。
そして集会所の障子が乱暴に開かれるとそこには銀色の髪をした………





「万事屋………?!」



「っ…ちょっと聞いてい??」





珍しく息を切らしながら言葉を発する万事屋に、俺の背筋に冷たい汗が流れた。










「新八が関わった事件とか、起きてない??」






それは疑問が確信に変わった瞬間だった。





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