ハンターだって人間です

□終わらぬ弔い
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「はぁ。はぁ…」
 肩でいきを吐きながら少女は走った。
街の入り口からずっと走ってる。
目指すは街の一番奥の路地。
帰りを待つ人のもとへ慣れた道を疾走した。
堅く握り締めた左手を大きく振って。
 路地を入ってずぐの古くて小さな家。
表札の無いそこは、
少女に唯一留まることを赦す場所。
「お師匠、今帰りましたッ。」
勢い良くドアを開けたため、
蝶番が奇妙な音を出した。
それを気にも留めず少女は、
奥の椅子に坐る隻腕の青年に抱きつく。
 青年の髪は少女とは異なり、
銀色の柔らかい髪で、少女の黒髪が
よりいっそう黒く見えた。
「…アルト?アルトじゃないか。」
 やわらかい声音で彼女は包まれた。
 薄暗い部屋に射し込む夕日が切なくなるほど優しい色だった。
「私やったんです。」
「何をだい?」
一呼吸おいてアルトは喜びとも悲しみともつかない表情で言った。
「空の王を、空の王リオレウスを狩ったんです。」
握り締めていた掌を緩めて、鱗の破片を見せた。
紛れも無い火竜の鱗だ。
 仇とれたんだね。と彼は微笑む。
「一人で仕留めたの?」
 寂しそうな表情を一瞬だけ見せた。
気のせいにしたくなるくらいの刹那の瞬間。
それに気づかないふりをしてアルトは笑った。
「一人のほうが気楽ですから。
あ、でもアレですよ。
別に組むのが嫌って訳じゃなくて、
人の足を引っ張りたくないんです。」
 彼が余計悲しまないように
アルトは優しい嘘をついた。
 本当は誰とも組みたくない。
他人なんて信用できない。
それは、師のせいではない。
まして自分のせいでも。
 そう、仕方ないことなのだ。
仕方ない。
部屋の隅に置かれた刀身の無い鞘を一瞥し、
現実を直視する。
兄さんたちはもういないのだと。
「そう。ならいいんだけど。」
 彼の言葉は、アルトに自責の念を抱かせる。バレバレの嘘がどれほど重いものか…
きっとお師匠は気づいてる。
 ごめんなさい。
何度もアルトは心のそこで謝った。
嘘をつくのは辛い。
でも、優しい師を悲しませたくない。
彼だって傷を抱えた者だ。
 彼、ヴィルヘルム=レクターは隻腕ながらも前線で活躍するハンターで、
アルトの後見にして、彼女の兄レオンの親友だ。
レオンが五年前に死んでから、
アルトを家族代わりとして、
師として支えてきた。
親友が遺した最愛の妹のために
彼女の前では決して泣かなかった。
「君はもっと自信をもっていいんだよ。
謙虚すぎるからね。」
 言い終える前に、
ヴィルは右手をアルトの頭にあてがい、そっと身体によせた。
 温かい体温を伝え合う。
長い沈黙が流れた。
沈黙は優しい慰めだ。
余計な言葉で飾られて、
無色の響きに変わるやつよりも、
ずっとずっと優しい。
互いの鼓動の旋律だけが聴こえる。
「お帰りアルト。」
 沈黙を破ったのはヴィルヘルムだった。
やさしすぎる男の言葉に涙が出る。
夕飯は君の好物にしよう。
とヴィルヘルムが言ったのを、
彼女は意識的に明るい返事で返した。
「ブランゴカルビがいいです。」
「分かったよ。」
彼女を離し、ヴィルヘルムは立ち上がり
鞄を肩にかけた。
「ココちゃんの処に行っておいで。
そろそろ日が沈む。
報告は早い方がいいでしょ?」
「いえ。ここに来る前に済ましました。」
「そう。だから、目が腫れてるんだね。」
 スカイブルーの瞳に映された自分をみながらアルトは、躊躇いながら頷いた。
相変わらず、凄い洞察力。
彼女は感心しながらも、恥ずかしくなった。
「じゃ、僕一人で買い物してくるから
適当に時間潰してなさい。」
 彼は出て行った。
壊された扉に驚いていたが、苦笑しただけだった。
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