百合SS

□ただ一つの単純な動機
1ページ/1ページ

「今日のお茶に惚れ薬を入れてみたの」



――もちろん、りっちゃんの分だけね。



二人っきりの部室。

いつもと変わらない笑顔で、ムギはそう言ってのけた。

疑問はたくさんあった。

まず惚れ薬ってなんだよ。

そんなもんが存在するわけないだろ。

そして何で私の分にだけなんだ?

もちろん、なんて当然の様に言ってるけどさ。

それから……、



「どう? りっちゃん、私のこと好き?」



ムギの言葉に思考を中断。

どうやら本気のようだ。

その表情はエサを待つ動物のように、キラキラと輝いている。

誰かに騙されてるのか?



「りっちゃん、どうなの?」



考える時間はくれないらしい。

まあ、……いい機会かもしれない。

私は咳払いを一つ、それから口を開いた。



「好きだよ、ムギ」

「やっぱり!」



両手をパン、と合わせ喜ぶムギ。

この喜びは、惚れ薬が効いてると思ってるから?

それとも……。

私はそんなムギに言葉を続ける。



「でも、惚れ薬は関係ない」

「……」



途端にムギの表情が変わる。

それは限りなく無表情に近くて、このまま気持ちを伝えることを躊躇させた。

だけど、ムギは待っている。

なんとなくそう感じたから、私は口を開いた。



「薬なんかで作られた気持ちじゃなくてさ、私は本当に、ムギが好きなんだ」



私の本音、本当の気持ちをぶつけた。

顔が熱い。

手が震えてる。

……情けないな、私。



「……りっちゃん」

「!」



心の中で自嘲していた私の両手を、ムギは両手で包み込んだ。

ムギの手は暖かくて、不思議なことに私の震えは止まっていた。

ゆっくりと、ムギの顔を見る。

その表情はとても柔らかく穏やかだった。



「やっと言ってくれた」

「……へ?」



何のことか解らずに目をぱちくりさせる私に、ムギは赤くなった頬を綻ばせた。



「りっちゃんが好きって言ってくれるの、私待ってたんだから」

「……っ、何だよ、それ」



ここで私は、ようやくムギの真意に気づいた。

さっき私は、ムギが誰かに騙されてる、なんて思っていた。

だけど違っていた。

騙されていたのは私だったんだ。

しかもよりによって、ムギに。



「惚れ薬は嘘なんだな?」

「ええ、もちろん」



まるで私だけが惚れ薬の存在を信じていたみたいに、ムギは言う。

私は別にそこから騙されていたわけじゃない! と、言ってやりたかったけど、ひとまずそこは置いとこう。

私はもう一つの、(私的に)重要な疑問を尋ねる。



「いつから知ってたんだ? ……その、私がムギのこと、好きだって」

「少し前から。……始めは自信なかったんだけど、澪ちゃんや唯ちゃんに訊いたらやっぱりそうだって言うから」

「あいつらも知ってるのか!?」

「ええ、澪ちゃんが言ってたわ。『律は解りやすい』って」

「うぅ……」



ぐうの音も出なかった。

でも澪はともかく、あのニブチンの唯にまで見透かされていたのは何か悔しいな……。

ムギと手を離し、一人肩を落とす私。



「でも嬉しい。私たち本当に両想いなのね」



そんな私とは対照的に、幸せそうにはにかむムギ。

ムギの笑顔を見てると、唯に負けた悔しさなんてどうでもよくなってきた。

私はムギの言葉に笑って頷いた。



「そういえば」



と、私は思い起こす。

不意に表情を変えた私に気づいたムギが、怪訝そうに見つめてくる。

ムギの反応を楽しみに、私は口を開いた。



「ムギからは聞いてないぞ」


「え?」

「私の事、どう思ってるんだ?」

「……ああ、そうね。私まだ言ってなかったわ」



クスリと笑って、ムギは照れ臭そうに私の目を見た。

思わず恥ずかしさから目を背けそうになったけど、どうにか耐える。

ムギが、ゆっくりと口を開いた。



――私は、りっちゃんのことが好きです。





END
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ