『日記にてSS』
□桜
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ハラハラと風に舞う花弁は可憐で、花の命は短く儚い。
一つの花は小さく愛らしいのに、一本の木が満開になると力強さを感じる。
この花が咲き誇る季節が僕は好きだ。
ここ最近仕事が忙しくて、ゆっくりと休む暇がもてない。
今日も家に帰ると時刻はもう12時を回っていた。
「…ふぅ。もうこんな時間か。」
一人呟きながら、ソファに身体を預ける。
…今日も疲れたな。
身体を動かす事が億劫で、ボーッしていると自然と瞼が落ちてくる。
スーッと意識が途切れそうになったとき、どこからか聞きなれた声が聞こえてきた。
「…サイ、こんな所で眠ちゃったら風邪を引くよ。」
優しく響く低音を何時までも聞いていたくて、僕は聞こえないふりをした。
「おーい、サイ聞こえてる?」
何度も名前を呼んでくる相手は、だんだん困った口調になっていき、顔を見ていないのに表情が手に取るように分かって、思わず「フフッ。」っと笑ってしまった。
「ヤマト隊長、静かにしてください。」
笑いながらそう言う僕を見て、目の前の彼も困ったように笑った。
『あぁ、この時間が一番癒されるな。』
隊長の笑顔を見ながら、身体をソファから離す。
「隊長も今帰ってきたんですか?」
「あぁ、この時期は何かと忙しくってね…。」
隊長も疲れがたまっているらしく、肩をほぐしながらそう話す。
「それなら早く部屋に帰って、休んだ方がいいんじゃないですか?明日も任務があるんでしょう?」
疲れた顔をしている隊長を見て心配になる。
会いにきてくれた事は嬉しいけど、僕のために無理なんてして欲しくなかった。
「そんな寂しいこと言わないでよ。今日はサイに渡したい物があってここに来たんだよ。」
ポリポリと困ったように頬をかきながら、隊長は後ろ背に隠してあった物を差し出す。
一瞬、僕の目の前は薄紅色で覆われた。
「コレで一緒にお花見しよう?」
満開の桜越しに、隊長はニッコリと笑いながら言った。
「た、隊長…。まさか枝を折ってきたとか言いませんよね?」
桜は綺麗だけど…、途中から折れた枝が痛々しい。
心配になって思わずそう尋ねる。
「まさか!僕がそんな事するはずないでしょ。さっき桜並木歩いてたら、花見してた酔っ払いが木に昇った拍子に折れたんだ…。で、かわいそうだったから持ち帰ってきた訳。」
あわてて隊長は僕に弁解する。
「そうだったんですか…。」
そっと隊長の手から桜の花を受け取り、その花弁に触れた。
いつも見上げていた花が目の前にあるのはどこか不思議な感じだ。
「桜、花瓶に入れてきますね。」
そう言って、僕は居間を後にした。
桜を活け、二人分のお茶を持って居間にいる隊長のもとへ運んでいく。
「お待たせしました。」
僕の言葉に隊長は振り返ると、「ありがとう。」と笑顔で答えてくれた。
こんなやり取りも最近の忙しさのせいで、酷く久しぶりだった。
隊長の隣に座り、テーブルに置いた桜を眺める。
静まり返った部屋がなんだか恥ずかしい。
「あの…、ありがとうございました。桜。」
御礼をまだ言っていなかった事に気がついて、隣にいる隊長にそう言った。
「いえいえ、本当はサイと一緒にお花見行きたかったんだけどね、お互い忙しくて行けそうにないし。今年はコレで我慢してくれる?」
「そんな、我慢だなんて…。僕はあなたとこうして桜を見れただけで十分です。」
俯きながらそう呟いて、コトンと隊長の肩に頭を預けた。
いつもなら恥ずかしくて自分からこんな事はしないのだけれど、何故か今日は少しだけ甘えたい気分だった。
隊長の肩から伝わってくる体温や、息をするたびに上下する胸を眺めていると落ち着く…。
「そんな可愛い事言われちゃうと、我慢できなくなるんだけど…。」
ボソッと隊長は呟きながら、僕の肩を引き寄せ、優しく深いキスをした。
「…んっ。」
その唇に答えるように顎を上げ、服の袖をキュッと掴んだ。
来年の桜もあなたの隣で見れますように…。
−END−