another ss

□青年マイナス1
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酔っ払いを抱えて何処行こう、って考えて、ココしか思い付かない自分に幻滅。

普段から人付き合いに積極的じゃないのが災いした。
4回声をかけられる内の1回に乗れば良い方。
そんな仕事の後まで上司や同僚と飲むなんて、楽しいわけがない。
どうせ並べられる愚痴を聞いて頷くだけ、ご機嫌取りするなんて冗談じゃない。
俺は媚売って出世なんて嫌、単純に仕事が出来ればいい。
多くは望みません、運で上に行ければそれでいいです。

でも、だからって、ラブホはないよね。

だって自分ちに連れていくのは嫌じゃん。
電車に乗って自力で帰れる感じでもないし。
せめて喋ってくれれば住所聞いてタクシーに放り込めたんだけど。
唸るだけでどうしようもないから、で、ココ。

ネクタイ解いてやって水まで飲まして、寝かす場所まで探したんだから割愛。
責められるような所業ではない。



(…もう帰ろ、疲れた。)



ホテル代まで出したんだよ、俺。
今日は華の金曜日だよ、たかだか一泊で二万四千円だよ。
ホント厄日だ、こんなことなら真っ直ぐ帰ればよかったんだ。
今更後悔なんてしても二万四千円は返ってこないんだけど。

重い腰を派手なピンク色したベッドから上げると、ぐっと腕を掴まれる。



「…帰んのか。」

「当然でしょ。」

「…寝てけよ。」

「嫌です。」



うつ伏せでベッドに放られたまんま、まだ酔ってるのか意味不明な言葉。
正直もう関わりたくない、二度と顔も見たくない。
俺の時間も財布の中身もみんなみんな、この男のせいで台無しになった。
最低。最悪。悪いことなんてしてないのに。

力が篭ってる指を一本一本外して、忘れ物がないか確かめて。
もう会うこともないだろうし、さようなら。



「―Wait.」

「っで、おおおおお!?」



もうヤダ。
今度はなんなの。

いきなり飛びかかってきて、両腕で腰をホールド。
そのままずるーっと引っ張られてベッドにオン。
ちょっとちょっとちょっと、そこの君、笑いごとじゃないんだよ。



「放せって!スーツ皺になったらどーすんのさ!」

「放したら逃げるじゃねーか!」

「逃げますとも!俺は家に帰って寝たいの!」

「ここで寝りゃいいだろ!ここで!ベッドの上だぜ!」

「このクソガキ!あー言えばこー言いやがって!」

「ガキじゃねーし!ホントのこと言って何が悪い!」



俺、人生最大のピンチ。
この事態をどう切り抜けよう、どう宥めよう、どうしたらいい。
考えろ、考えるんだ、そこそこ頭の回転が速い俺なら何とかなるはず。
とにかく、このクソガキのホールドから逃れなければ。



「わわわ、わかった。逃げない。逃げないから、放して。」

「イヤだ、アンタ絶対逃げるからイヤだ。」

「逃げないっつってんでしょーが!放しなさい!」

「絶対放さねー!意地でも放さねー!放さねーもんは放さねー!」



こんのガキ、一発殴ってもいいっすか。

いや、ここは俺も大人として、暫く捕まったまま寝落ちするまで待った方が利口かな。
それなら騒がれないし、スーツの皺にだけ目を瞑れば済む話だ。
所詮ガキはガキ、アルコールが入ってれば寝ないわけがない。
とりあえず言うこと聞いてやって、うとうときて隙が出来た瞬間にダッシュ。
よし、コレでいこう。



「…わかった、もう逃げないから。いいよ、放さなくても。」

「とか言って、俺が寝たら逃げるんだろ?」

「……………殴るよ?」

「この綺麗な顔殴れるんなら勝手に殴れば?」



ダメだ、コイツ侮れない、俺より頭良いかもしんない。
しかも自己中、ついでに自意識過剰、救いようのないバカだ。
ホントに殴ったらブチ切れて俺が殺されるかも、最近の若者って怖いし。
あーもーどうしよう、これは俺でも処理できない無理難題だ。

っていうか、このクソガキは俺をどうしたいわけ?
それが見えてこない、ただ俺に帰って欲しくないのだけはわかった。
でも引き止めてどうするのさ、ラブホでセックス以外にすることなんてある?
ないよ、ないよね、じゃあなんなの。
でも万が一、なんかそんな感じになっちゃったらもう殴って逃げよう。

俺はバイでもゲイでもない、ごく普通の会社員。
それ以外の何者でもない。



「あ、」

「…なんなの、もうふざけるのもいい加減にして。」

「介抱してくれた礼。」

「っ!?」



俺の腰を抱えたまま器用にぐるっと体を捩って、それでどうするんでしょうか。
か、顔が近い。
嫌な予感がする。
俺の神経と本能が全力で"逃げろ"と叫んでる。
両手は空いてる。
でも、どうしてなんで、殴れない。

3センチ、2センチ、1センチ。



「…殴んねぇの?」

「う、るさい。」

「アンタ、おもしれーな。」

「どうせからかってんでしょ。」

「いや、気に入った。」

「………はぁ?」

「俺がここまでしても、アンタ、乗ってこねぇんだな。」

「…そういう趣味ないんで。」



「じゃ、"そういう"の、知っといた方がいい。」



え?

ギリギリだった唇と唇が離れていって、俺の世界は暗転する。
終わった。
ただただ平和だった俺の人生が今、終わった。







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