another ss

□雨と黒猫
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五月某日、夜。



高校教師という職業は忙しい。
(面倒くさいとは思わない。)
プリントを作ったり進路の相談にのったり、毎朝職員会議に出たり。
テストの前後なんか三時間寝れればいいほうで。
私立に勤めたぶん、公立と比べたらまだ楽だと自分を奮い立たせる日々。

(…あー、温泉とか行きたい。日帰りでもいいから。)

唯一の救いは、クラスを持ってないこと。
自分の生徒が卒業していく姿を見るのが教師の喜びというけれど。
修学旅行に引率したりだとか、なにか問題が起こった時に責任を全部負うのは担任だ。
それは、嫌。
我儘に聞こえるかもしれないけど、嫌。

まぁ、そうじゃないにしても、俺は既に爆弾を一つ抱えている。
大差ない。

そこの角を曲がったら自分の城という名のアパート。
今日はもう寝るんだ、中間対策の問題集を作ってたら帰りが遅くなった。

二十六歳、独身、1Kに一人暮らし。
よくある教師像だけど、異なる点を暴露するとすればゲイってところか。
彼氏はいない。
可愛い顔した遊び相手ならいる。



春の土砂降り。
このビニール傘もいい加減古くなったし、新しいのが欲しい。



(なんだ、あれ。)

アパートの錆びた鉄階段まであと二十歩のところで、俺は見つけてしまった。
猫だ。
毛並みのいい黒猫、左目が青い。
(右目は病気かなにかで潰れていて、窪んでいる。)
細くてしなやかな身体を冷たいコンクリートに投げ出していて、動かない。

(…死んでる?)

生まれつき余計な世話を焼きたがる俺は、一度階段の前を通り過ぎて近付いてみた。
左目は開いたまま、ピクリともせずにただ横たわっている。

整った眉に、すっと通った鼻筋、白い肌。
随分な美人。
正直言えば好みだ、ストライクゾーンど真ん中の。
首輪はない、ってことは飼い猫じゃない。



「ねぇ、風邪ひくよ?」



俺は横にしゃがみ込んで声をかけてみる。
すると目線だけこっちに向けるものの、他に反応はない。

(別に拾っちゃっても、いい、よね…?)

俺は差していた傘を閉じてその辺に放る。
(もういい、新しいやつ買うし。)
脇と膝に腕を通して抱きかかえると、その身体は力無くぐでっとしなった。
猫は鳴かない。
器用に鞄を二の腕と脇腹に挟んで、そのまま階段を上がる。



「あったかいミルク出してあげるからね。」






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