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□五千夜
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『人間の価値っていくらほどでしょーか?』

余計なことばかり知っているアンタはついにそんなことまで語り出した。



人間の価値なんてそれは無限大で様々だ。
親からすれば子は宝だし、人間のくせに国宝になっているヤツもいれば、頭がいいのは世界権威と持ち上げられて、死ねば大勢が泣く。

実際問題、価値のない人間、いや、価値のない生物なんていないのだ。
否、生物だけに留まらない、建築物や芸術品にだって目が回るほどの価値を有する物もある。
この世に存在する全てのものに価値はあるのだ。
例えば、今こうして吸って吐いた空気にでさえ。





「…随分と趣味の悪い質問だな。」



よく晴れた月曜日の一限目だった。
俺は屋上の隅でタバコを吹かしながら、くだらない、と呆れた視線を佐助に投げる。

いくらなんでも、それはないだろう。
そんな小難しい話題を一介の高校生にするもんじゃない。
人間の価値を人間が決めるなんてことがそもそも間違ってる。



「石鹸七個分、」

「―…what?」



相変わらず笑わない目許を、時折薄気味悪いと思うことがある。
ニコリと美しく形作られた唇はそのまま言葉を紡いでいく。



「鉛筆の芯が九千本分、二寸釘が一本に、マッチの赤いところが二千二百個。」

「なんだそりゃ。」

「人間を物質にするとコレだけ、お値段五千円也。」



安いよね、なんてくすくす嘲笑しながら、佐助は俺の指と遊んでいたタバコを奪って一口思いきり吸うと、煙を逃がさないように口付けてきた。

(…にがい、)

自分の同じ味の舌に、俺は少しだけ眉を歪める。
それをお気に召したのか、間を置かずにもう一度貪られた。



「五千円と五千円がSEXして五千円が生まれるの、」

「…で?」

「俺たちって五千円も産めないんだよ、笑っちゃう。」



佐助は自棄になったように言い捨てて、耳朶、首筋、鎖骨をベロリと舐めた後に溜め息を零す。
このままどうにでもなれ、と流されることを選んだ俺は背中をバタリとコンクリートに預けると、攫われたタバコを取り返して目を閉じた。

いちいち答えの出ない堂々巡りをする必要なんかない。
あえて疲れるようなことをするな、無駄なだけだ。
どうしようもないことはどう転がってもどうしようもないことのままで。
その波に身を投じるなんて馬鹿げている。



「佐助、」

「なぁに、」

「入れ物が五千円だろうとなんだろうと、頭の中身と心の中身に価値は付けらんねぇよ。」

「…言うと思った。」



物心ついて、約五千夜。
見て、聞いて、触って、食べて、嗅いで、感じて積み上げてきた形の無いものが五千円なんてあんまりだ。
もしも死んで、身体だけになっても、それでも誰かの胸の中に在れるなら。
五千一円の価値があったっていいじゃないか。

俺が先に死んでも、
アンタが先に死んでも、
ボケて思い出せなくなっても、
お互いの名前を呼んだ事実に、せめて、価値を。



「抱けよ、」





よく晴れた月曜日の一限目だった。
俺は残り少なくなったコーラの缶に短くなったタバコを入れて、瞼を上げる。
青い空と、覆い被さってきた佐助の顔しか映らなかった。

安いとか、高いとか、量産型とか、稀少とか、養殖とか、天然とか、どうでもいい。
俺たちは物質ではなく、人間で、生きていて、今も呼吸しているのだ。



END.


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