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□水槽の中で思うこと
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湯船は嫌いだ、のぼせるから。
でも10日に1回くらい入る。
お気に入りの入浴剤(バニラとかシャンパンの香りがするやつ)を放り込んで、しゅわしゅわと泡を立てている間に髪と体を洗って流す。
少し伸びてきて邪魔になる髪の毛はゴムとピンを使って適当にまとめ上げて、金色に輝く湯の海へ静かに肢体を沈めていく。

浴室には専用の時計が置かれている。
日付を跨いで2時間入るのが何となく守っている自分ルールだ。
あと携帯は持ち込む。
カチカチいじっていれば、2時間もあっと言う間に過ぎているから。

今日は43度の湯に、バニラビーンズ入りの入浴剤。
唸る換気扇はフル稼働で、両手で携帯を弄びながら、漠然とただ考える、アイツのこと。



(最後にkissしたの…、いつだったっけ。)



ゲームオーバーになってしまった携帯テトリスに飽きて、今度はパカパカと折り畳みを繰り返す。
そういえば、待ち受け画像を二人で撮ったプリクラにしたこともあった。
たぶん、まだ、消されずに残っている。
あの頃は、本当に本当に、本当に楽しかったと思う。

好きな人は回避と逃走がうまくて、いつも伝えたい言葉を聞いてもらえなかった。
腕を掴んだとしても、手を握ったとしても、するりと抜けていなくなってしまう。
何故だと問い詰めても、きっと自分が望む答えが返ってこないのは知っていたし、その後のこともわかりきっていた。
だから繰り返した、何度も、捕まえては放して、放しては捕まえて。

それでアイツに出会ってしまった時は、命運尽きたと確信せざるおえなかった。

今思えば、外見なんてさらさら似てない。
強いて言えば身長と肩幅と背中くらいで、他は誰が見ても全く違う。
ただ一瞬、寂しそうな目をされた。それだけ。理由らしい理由なんてそれしかない。
人生最大のバカをしたのはアレっきり、もう済し崩し的なのは勘弁だ。

結局、一緒にいてくれたわけは聞かずに終わってしまったけれど。

それなりに好きだったあの頃。
いろいろと考えを巡らせてしまう今。
弱いから懐かしんでしまうんだと、自分を嘲笑って責めるしかない。
こんな俺の傍にまだ黙っていてくれるのは、アイツも同じような気持ちでいるのかもしれないって思い込みに過ぎない。
でも信じたい。希望的観測で構わない。



(…水槽の中の魚も、こんなこと思ったりすんのかな。)



今、掌の中に携帯さえ握ってなかったら、浴槽に潜り込んで溺死寸前まで息を止めてたのに。

kissして欲しいとせがんだら、してくれるんだろうか。
例え今更過ぎるとしても。
その腕をやんわりとでいいから、掴ませて欲しい。



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