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□私は一人で生きていきます。
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「政宗様、お気を付けて。」
「明々後日の昼には戻る。」
小十郎に見送られて、俺は馬を走らせた。
真田幸村が死して一年。
それは壮絶な最期だったと聞いている。
赤黒く染まった屍には、誰もが恐れをなしたそうだ。
事切れても尚、掌の朱羅を手放すことなく。
地獄の底から這いずり出てきて、また動きだすのではないかというほどの。
残っている記憶は、左腕を食い千切られた瞬間まで。
片目を不自由だと思ったことはないが、片腕とは実に不便だ。
鍛錬も料理も風呂も食事も、面倒になる。
日ノ本一の武士も、徒では死んでくれないということだろう。
端から代償無しでは勝てないなんてことはわかっていた。
それでも。
奪っていき過ぎではないか。
城を出た翌日の夕方には目的地に着いた。
赤い雛罌粟が咲き誇る信州の奥地。もちろん人は住んでおらず、静かな場所だ。
今日は五月の七日。
「町人が村正なんて腰に差して何をしてる。」
「一国の殿様が刀も持たないで何しに来たのさ。」
「………墓参りだ。」
「俺だってそうだよ。」
長い橙の髪を一括りにした顔の右側を包帯でぐるぐる巻いている男は、紅牡丹の花を抱えて佇んでいた。
相当な手練だったという事実がなかったことになっている。
「おまえ、右目は如何した。」
「潰した。」
「なんで、」
「主を見る為の右目なんだから、もう必要ないじゃない。」
親なんかいないから申し訳なくもないし、と、さもそれが当然であるかのようにつらつらと述べる口を口で塞ぐ。
一年と十日ぶりのキスは決して甘いもんじゃない。
ぎゅっと眉を顰められてビンタでも飛んでくるかと思ったが、バサリと花束が落ちる音がして、着物の左袖がやんわりと握られる。
「腕、ごめんね。」
「おまえのせいじゃない。」
何もないそこを慈しむように、優しい声は幾度も同じ言葉を繰り返した。
最初から全部わかっていた。
こうなると知っていて、でもそれを嘘だと思いたくて。
繰り返した逢瀬も、塵のように散りはしないと信じたかった。
戦が終わっても、おまえは何処にもいかないと疑わなかった。
現実は残酷だ。
「奥州に、来ればいい。」
「…冗談でしょ?」
「さ、すけ、」
「やめて、…俺は一人で生きていくの。」
じゃあ、そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。
指を絡めて、帰路につこうとする後姿を引き止める。
「どんなに愛してても、もう、政宗の傍にはいれないの。」
奥州の殿が何を言おうと、貴方は私の仇なのです。と、刀の柄をぐっと握った。
そんなこと、言われなくても、でもわかりたくない。
言い訳をするつもりはない。
許して欲しいわけでもない。
ただ、俺は、
「俺は政宗を許さないから、政宗も俺を許さないでね。」
俺の伸びた襟足をそっと指で梳く佐助に、最後の我侭は届かず。
ゆっくり歩を進める佐助は振り返ることなく遠ざかっていって。
そして俺はその場に崩れ落ちて、泣いた。
赤い雛罌粟だけが、慰めるかのように揺れる。
END.