wars ss

□ブラックサンダーとケロイド
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これが混沌か。
これがこの人の、闇か。



この忍び風情が、って連呼してた怖い顔の人から、今すぐ奥州までこねぇとブッ殺す、って文が届いたもんだから、そりゃもう思いっきり怪しんでやった。
天変地異だよ。
有り得ないよ。
ついにご乱心した?

(竜の旦那からならわかる、けど、でも、どうして右目の旦那からなのさ。)

迎えに来た芭蕉(黒脛巾のオカマ)に文句の一つでも飛ばしてやろうと思ってたのに、コイツはコイツでなんか世界の終わりだって顔をしてたもんだから、口から言葉が出なくなる。
とにかく行かないとヤバいって雰囲気に根負けして、俺は真田の旦那に無理言って暇を貰った。
敵国の為にここまでしちゃう俺って、もう忍び辞めた方がいいのかも知れない。





それで、今に至る。

いつも騒がしい米沢城が深々としていた、これは只事じゃない。
じゃあねとひらひらと手を振る芭蕉に何処へ行くのか聞くと、もう仕事にならないから暫く頭領たちと旅に行くの、と返される。
一人ぽつんと残されてしまった俺は、とりあえず右目の旦那の部屋まで行くことにした。



襖障子の前まで来て、やっぱりこれは罠なんじゃないかと疑念が過ぎる。
ここまで誰ともすれ違わなかったし、声も聞こえてこないし、とにかく空気が重い。
どうしよう、とその場で暫く立ち尽くしていると、奥から見知った顔がやってきた。



「あ、成実くん。」

「…やっと来たか。」

(………なに、俺、ホントに待たれてた系?)

「小十郎なら過労で倒れていないから。…梵のとこ行って。」

「え、」

「行けばわかる。」



ぽんぽんと肩を叩かれて、頼みの彼も何処かへ行ってしまう。
心做しかやつれたというか、疲れているっていうのだけは伝わってきた。
右目の旦那からの文で何事かと思ってたけど、やっぱり竜の旦那絡みらしい。
毎度毎度、まぁよく飽きもせず人を巻き添えにしてくれる。
とばっちりにはもう懲り懲りなんだけどなぁ。



もうどうなったっていいや、って軽い気持ちで竜の旦那の部屋へ足を一歩入れたのが悪かった。
どろっとした禍々しい空気に呑まれそうになって、咄嗟に湧き上がる吐き気を堪える。

(ちょ、どーゆーこと!?)

まだ外は明るいのに中は真っ暗で、ぼうっと蝋燭の灯りが一つだけ揺れている。
光りが差し込む隙間という隙間を紙で覆っているのか、何処も彼処も紙だらけで、俺の足元にも襖に貼られていただろう残骸がばらばらと無残に落ちていた。

なんだこれは。
もぞっと何かが動いたけれど、生気を感じない。

そっと、歩を進めてみる。
蝋燭から少し離れた、部屋の隅。
小さく丸くなっている黒いもの。

金糸で三日月の刺繍が施されている黒い着流しを着た、政宗。

ねぇ、どうしたらこうなるの。
忍びだって、こんなに酷く堕ちないよ。
これが混沌か。
これがこの人の、闇か。
誰も触れられない傷か。

何があったかは知らないけど、まるで死人だ。
ゆっくりとこっちに向けられる顔に、いつもの眼帯がない。



「どうしたの。」

「……………。」

「黙ってちゃ俺さまわかんない。」

「……、………。」



右目に根を張る蟹足腫は薄紅色をしていて、そこが異形だと証明している。
何本もの線が交差して。それはそれは痛そうで。
ただそれを声には出さない。

言葉にすればきっと壊れてしまう。

すぐ傍まで近付いて、しゃがみ込む。
真っ白い手が差し伸べられた時、すぐに取れるように。
ぎゅっと握って、引き寄せて、抱き締めてあげられるように。

そりゃあ右目の旦那も倒れちゃうよね。
成実くんだって参っちゃうよね。
政宗の心の底は政宗にしかわからないもんね。
怖いよね。寂しいよね。真っ暗だし、静かだし。あとからあとから涙が溢れてきて、止まらなくて、しょうがないんだもんね。

ああ、かなし。



「……さ、…、」

「なぁに?」

「…は、………う、…え、」

「…義姫様になんか言われちゃったの?」

「………さす、け…。」



君の右手が顔の右半分を覆う前に俺の左手で覆ってあげる。
大丈夫、俺が隠してあげる。
もう泣かないで、ね?

(君は俺が守ってあげる。)

そのままバターンと押し倒される瞬間がコマ送りみたいだった。
泣き方はそりゃもう、男らしくて。
一つしかない目からボロボロ大粒の雫を落とすから、愛しくて。
逃げるわけないのにすごい気迫で獅噛み付くから、切なくて。

この細く軋む骨が折れるんじゃないかってくらいの力で、俺の胸に閉じ込めてやった。





「俺が死ぬ時は、着流しだけ引っ掛けて、俺だけ見て、何も考えずに、ただ瞳に涙を溜めて、ただ息をしててくれ。」

「…なんてこと言うの。」

「もしも涙が零れたら、俺に触れてから殺してくれよ。それでもう幸せだ。」



隈がくっきりと浮ぶ顔でそんな哀しいこと呟くから、弱いんだか強いんだかわからなくなる。
俺は部屋中の要らなくなった紙を剥がして、政宗は成実くんが持ってきてくれた粥をふーふーしながら少しずつ食べて、いつも通りみたいに笑う。

この人は不器用だ、とても。



「…やだよ、ちゃんと俺も連れてってよね?」



END.


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