wars ss

□姫がいない騎士
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俺は二度お前を殺した。

完璧な忍びであるお前から、忍びのプライドを奪ってやった。
お前は一度死んで、何処にでもいるような人間にまで堕ちた。
俺を愛した。
脊髄までしゃぶるように、美味そうに俺を抱いた。
よく笑ったし、よく泣いた。
俺はそんなお前を愛した、たぶんお前が思ってる以上に。

ただの人間になったお前から、心の拠り所を奪ってやった。
お前はもう一度死んで、俺を憎む忍びに生まれ変わった。
殺すと言った。
冷めた声で、俺を鼓膜から冒してみせた。
叫んで狂って足掻き苦しんで、この首根っこを狩りにくると思っていた。
俺はそんなお前が欲しかったのに、お前は俺のものにならなかった。





「殺しにきたよ。」





「…生きてたのか、お前。」



泰平の世が訪れて、毎日暇を持て余していた頃だった。
景秀もしばらく抜いていないし、陣羽織もどこかへしまったきりだ。
久しぶりにみたその眼は、全然変わっていなかった。
さぞかし俺の顔はだらけただろうよ。



「この日を思うと、死ねなかった。」

「…相変わらずcrazyなヤツだ。」



夕刻の闇に紛れる黒く美しい忍び装束がよく似合っていた。
右手に苦無、左手に小太刀。ああ、あの手裏剣は捨てたのか。
背中がビリビリするような殺気に思わず嬉しくなってしまう。
読んでいた書物を閉じて、ニッと笑ってやった。

こちとら着流し一枚で脇差もない。
殺る気もない。
お前さえその気なら簡単だ。
俺を殺せばいい。

俺を殺して、笑えばいい。



「生を渇望してない顔だね、最悪だ。」

「真田幸村を殺してからこのザマさ。」

「アンタみたいな人に討たれたなんて、…旦那が不憫でしょうがないよ。」

「…戯言はいい、斬りたきゃ斬れよ。」



その瞬間、苦無が頬を掠めて飛んでいく。
ツゥっと顎へと伝っていく血は、まだ赤かった。

(もう、黒か緑にでも汚れているかと思っていたが…。)

ポタポタと着物と畳を穢すソレを手で拭い、ひと舐めする。
これが、踏み躙り浴びてきた液体の味だ。



「ねぇ、旦那の亡骸、どうしたと思う?」

「…っ!?」



十歩以上はあった距離を知らぬ間に詰められ、髪を思い切り掴まれる。
ニタリと歪めた口許は、もう、忍びのものですらない。



「食べちゃった。」



ブスリ。



「骨の中まで、ちゃーんと綺麗に。」



グチャリ。



「俺ね、旦那と一緒に死にたかったんだ。」



ベチャベチャ。



「だから旦那と一つになったの。」





俺の目の前がどんどん紅色に染まっていく。
佐助の左手に握られた小太刀は、空いた右手に押し込められるようにして左胸を突き刺していた。





「こういう殺され方、好き、でしょ…?」





ゆっくりと死んでいく肢体。
赤。熱。赤、赤、熱。
カラン、と、刃の落ちる音。
確かに今、そっと触れた、唇。

(生臭い。まるで、精液の臭いだ。)





重綱が夕餉だと呼びにくるまで、俺はずっとその横たわる死体を抱きしめていた。
右目は抉って食ってやった。不味かったが、そんなの構わずに飲み込んだ。
血と肉に残った感情だけが、リアルだ。

俺は二度お前を殺した。
なのにお前はもう一度死んだ。
ちっとも笑えない、冗談だろう?
喪に服す獣は化け物か?
恋する屍の、なんと恐ろしいことか。

そしてお前は俺を殺した。
お前を愛した俺の腕を引いて、道連れにして、殺したんだ。
最後の最期で、俺の負けなんて、認めない。
認めない。

この絶望は揺るがない。



END.


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