Short story

□ロード
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何でもないような事が

幸せだったと思う

何でもない夜のこと

二度とは戻れない夜



『ロード』


夜、僕達は自室にいた。

「………」

文庫本を読んでいると、竜崎がもたれかかってきた。

竜崎の髪が頬を掠める。

「どうしたの?急に」
「………いえ」

文庫本を閉じ、何でもありませんと言いながらすぐに離れていった竜崎の体を引き寄せ、髪を梳く。

少し驚いた竜崎は、何も言わずにそのまま僕にもたれかかった。

「………」

静かな時間が流れる。

「月くん」
「何?」
「私、今…幸せです」
「ん。僕も」
「幸せって、こんな何でもないような事なんですね……」
「ん…」

こんな日がずっと続けば良いですね。

そう言って、竜崎は笑った。

「竜崎。全部終わったら、またテニスしよう」
「はい。次は勝ちます」

そのまま僕達は眠りに就いた。





しばらくして火口が捕まり、すぐに心臓麻痺で死んだ。

僕の記憶は戻ってきた。
新世界はすぐそこにある。

左手から手錠は外された。







竜崎は、

死んだ。


死ぬ瞬間、竜崎は、
笑っていた。

顔には出ていなかったが、目の奥が僕にしか判らない程微かに、笑っていた。

竜崎が何故笑ったのかは分からない。

しかし、凄い後悔に駆られた。


もう、あの日には戻れない。
二度と、戻れない。

幸せだった頃には。














何でもないような事が

幸せだったと思う

何でもない夜のこと

二度とは戻れない夜




end
20090321
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