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リハビリ小話
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戦の無い時期、春日山で「つるぎ」と呼ばれる者を見つけるには大層骨が折れる。
何処かへ物見に出ているか、或いは目立つ金の髪を被布で覆い、何ら端女と変わらぬ褶だつもの腰で結んだ質素な小袖姿で完全に城内に溶け込んでしまっていた。
主から「つるぎ」を呼ぶ様言い付かった山城守でさえ内心「これはしたり」と思ったが、一先ず城内を探す事にした。
月の障りの物忌みで無い事を祈るばかりだ。
その夜珍しく「つるぎ」は自分の部屋で草紙を読んでいた。
文机の傍らに寄せた小さな燈台の灯がチロチロと影を舐める。
ふと「つるぎ」が草紙から顔を上げた。
「居るか」
外から声がする。
返事を待たず戸を開けて山城守が入って来た。
「つるぎ」の部屋に入った途端、山城守が刀の柄に手を掛ける。
部屋の中に「つるぎ」以外の者が居た。
普段「つるぎ」が使っている筵の寝床の上で、誰かが丸くなって寝息を立てている。
背を向けているので詳しく判らないがどうやら男の様だ。
「――何奴か」
低く鋭く誰何を掛けるが、「つるぎ」はまた草紙に目を落とす。
「何の事はございません」
抜き放つ寸前で押し止めている山城守の刀を一瞥して涼しい顔で言った。
「何処ぞの山犬めが迷い込んだのでしょう。散々遊び疲れた様子で夕方から寝汚く眠りこけております。
 何分叩き出そうにも大柄で往生していた所です」
「ほう、山犬とな」
静かに燃えていた燈台の灯が微かに揺らめく。
刹那、白刀が薄闇を斬り裂き剣風で草紙が二、三捲れた。
一瞬で筵の上の影は消え、後には文机の前に座る「つるぎ」と虚空を斬った山城守だけが残されている。
再び燈台の灯がチロチロと影を舐めた。
「これはしたり」
刀を収めて山城守が呟く。
「山犬では無くましらであったわ」
「つるぎ」はさして表情も変えず、「左様でございましたか」と答えただけだった。


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