保管庫


うたかた
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警備から戻ると既に幸村は馬上で手綱を握っていた。
出陣が迫っているのだ。
「おお、ご苦労だったな佐助。後の陽動は任せたぞ」
「征くのか旦那」
深刻な顔付きをした従者を幸村は一笑に付した。
「俺は武士だ。武士には武士の道がある。お前達忍に忍の道がある様にな」
道と言う言葉が佐助に重く伸し掛かる。
市井の道を選ばなければあいつは生きられたのではないか――佐助は今も悔やんでいた。
二十年近く経った今も、産まれたばかりの児を見て微笑んだまま逝った顔がちらつく事がある。
(赦してくれ。俺はお前の命を縮めただけだ)
女房の墓前に立つと佐助はいつもそう詫びた。
「若旦那は?」
重苦しいものを振り払う様に話題を変える。
「子供をこの陣には加えん。父として武士の生き様を見せるのみよ」
猪突猛進な熱血漢だった幸村は沈着な武士へと成長した。最早傅役の必要など微塵も無い。
幸村が少年の様な笑顔になった。
「さらばだ佐助。最後までお前には世話を掛けた。だが俺は戦馬鹿の方が性に合う」
佐助もいつもの困った様な諦めた様な笑顔になる。
「あばよ旦那。楽しかったぜ」
「――佐助ぇっ!!」
突然幸村の拳が佐助を襲った。
寸での所で佐助は拳を受け止める。
主従はニヤリと笑い合った。
「また、来世で会おうぞ」
「ああ」
幸村は手綱を廻らせ出陣を待つ兵達を激励した。
「豊臣の兵よ、これがこの国最後の大戦だ!これが武士の晴れ舞台だ!
 今こそ荒ぶる魂を以て己が力を存分に奮え!
 たとえ最後の一兵になろうとも徳川の眼に我等が旗印を焼き付けてやろう!
 ――征くぞ、日の本最強の古兵達よ」


「始まったか」
青い鎧兜に身を包んだ隻眼の男が呟いた。
「左様で」
傍らには山寺から戻った小十郎が控えている。
「時に政宗様。今少し陣を前に出されては如何でしょう。
徳川殿の目が光っておりまする故」
それは暗に家康が抱える伊賀者達が自軍に忍び込んでいる事を指した。
恐らく将の働きを細大漏らさず報告する為であり、怠けていれば後で咎められるだろう。
「気にすんな小十郎。こっちは昨日散々痛い目見たんだぜ?
 今日は誰かに譲ってやらなきゃunfairnessってもんだ」
「ですが――」
カラカラと政宗は笑う。
「Ha!こんなつまんねぇ戦、高みの見物で充分さ。
 万が一徳川本陣の馬印が倒されたら動く。焦らず構えてろ」
最早小十郎は黙った。徳川の馬印が倒れるなど有り得ない。
それに昨日の戦で著しい損害を受けた自軍を徒に動かす訳には行かなかった。
政宗も本当は戦いたくてうずうずしているが、これ以上損害を被らぬ為に自重していた。
「所でお前のprincessは無事か?」
暇を持て余して政宗は話題を変える。
「はい。真田殿が政宗様に深く感謝しているとの事です」
「Shit!幸村め一切合切俺に押し付けやがって。こっちは良い迷惑って奴だ」
口では悪態をついているが政宗は上機嫌なのが良く分かる。
――あのお二方には敵味方を越えた友誼があるのだ
以前父から聞いた言葉を小十郎は反芻した。
(阿梅殿と私も敵味方を越えて夫婦になれるだろうか。
 ――たとえ私が真田殿を斬り、あの弟をも斬ったとしても)
青ざめ震える阿梅の顔が一瞬胸に浮んだが、小十郎の理性はすぐにそれを打ち消す。
(何れにせよ生きて帰った時の話だ)
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