遙か3(景望)

□ただ君のために
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ただ君のために…

何度やっても、何回呪を唱えても、出てくる式神は変わらなかった。
兄弟子や弟弟子は、見るからに、有能そうな式神を身につけることができたのに、自分が出せるのは動きが遅く式として使役するのにはとうてい向かないものばかり…。
夕餉の時間が過ぎても、景時は懸命に式を呼び出す、呪を繰り返した。
「…やはり才がないんだ…。」
武士としての才が無いならばせめて、と元服と同時に、父にここへ修行に出されたのに、またも落胆させてしまうのかと思うと、情けなくて鼻の奥がツンとしてくる。
『こんなんじゃ、母上にも、朔にも顔向けできない…な。』
諦めたら、いけないと涙をこらえて、再び式を出す呪を結び、念を込めようとしたとき、カサリと落ち葉を踏む音が背後から聞こえた。
「ここにいたのかい、景時殿」
背の高い影がゆっくりと近づいてくる、ばつが悪そうに景時は、手にした呪符を後ろ手に握り込んだ。
「お師匠……。」
師匠と呼ばれた人物は俯いたままの、景時の視線に合うようにそっと、膝を折ると師匠は癖毛の頭に優しく手を載せた。
「式を出す、修行をしていたのだね?景時殿はちゃんと式を使えるようになっていると思っていたが?」
優しく、言われて堪えていたものが、涙になってあふれ出す。
「ですが、私の式は使えるものがありません、兄弟子は「狼」の形にできます。
 私より後に弟子入りした弟弟子でさえ「鷹」です、なのに私が使える式は…、このサンショウオだけ…。
 武門の子が、このような式神しか出せないなどと…情けないではありませんか!!」
ずっと胸の奥に締まっていた、気持ちが一気に溢れてくる。
景時の言葉をじっと聞いていた師匠は、着物の袖でそっと涙を拭いながら言った、
「何故、景時殿の式がこんなに動きの遅いモノばかりだと思うかね?」
師匠は景時の瞳をしっかりと捕らえていた。
「判りません…」
それが判れば、こんな苦労はしない…。やはり自分は何をやってもダメなのだと、さらに落ち込んでしまう。
その様子を見ていた、師匠は苦微笑を浮かべる、
「それはね、景時殿が優しいお方だからだよ、誰かを傷つけるための式を持ちたくないという、
 その心が形になって式になっているのだよ。」
「ですが、それでは役に立ちません!!」
いざという時、使えねば式神の意味がない。
「景時殿の式は役に立たぬモノではない、そなたもまた役に立たぬ者ではないのだよ…。」
師匠は、景時の心の内を見透かしていた。
「いつか、必ず景時殿の優しさがすべてを助けるときが来る、それまで焦らずに進みなさい。」
優しく微笑んで、頭を再び撫でてくれる、自分の心を受け止めてくれるのが嬉しい、
落ち込んでいた気持ちが少しだけ軽くなる。
景時はきゅっと、涙を袖で拭うと、
「はい!修行に励みます!」
と笑顔で返事をした―――。





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