ファシオミル

□薬を操る聖女
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「大体封鎖し終えました。…後は薬の到着を待つだけですね…」
自分つきの執事、イールに声をかけられリスティンは頷いた。
ただ、気になることがあった。
薬の国シェンシェスで何か問題があったのか、薬を出し渋っているのだ。
2年前、“斑点茸”の治療薬ができた!と騒いでいたのが嘘だったのか?と思うほど、シェンシェスは静まり返っていた。
何度催促しても、シェンシェス王家は煮え切らない返事をする。
だから今日、ヴァルナド公爵領を封じると同時に伯父であるレジェンディア国王陛下に頼み、レジェンディア王直々に薬を催促してもらったのだ。
これにはシェンシェスも薬を出さないわけにはいかなかったらしく、準備を進める。と返事が来たらしい。
後は時間との勝負だ。
リスティンの父親、ヴァルナド公爵はもうほとんど意識のない状態が続いている。
眠りの国(死んだ後の世界とされる)に召されるのも、薬が到着しなければ時間の問題だ。
黙り込み考えるリスティンに、遠慮しながらイールが口を挟んだ。
「…ところでどうします?森をこのままにしておくと、死者が増えると思います…」
リスティンは意識を豊かな森に移した。
そして息を吐いた。
「…自然が無くなると、精霊たちが味方してくれなくなる…。森を燃やして人が救えた場合も、精霊たちの怒りが解けるまで、人の住めない土地になる…。燃やすわけにはいかない…。斑点茸病にかかったら、1人1本でも斑点茸を引き抜いて眠りの国にめされることにしよう」
うっすら笑った顔を見て、イールは心持ち頷いたのだった。
リスティンは馬車で領内を見て周り、完全封鎖と同時に旅人がいないかもチェックした。
旅行者がいた場合、これまた隔離しないといけなかったからだ。
街道沿いを見て回ったが、この時期この領内に商人も旅行者もいなかった。
斑点茸病の噂は広まるのが早い。
だから斑点茸が見つかった時点で避けられたのだろう。
そしてまた、薬の到着を待つ長い時間が続いた…。
ところが。

ブヒヒ〜ン!!

馬の驚いた嘶きと共に、御者のうわぁ!と言う悲鳴と女の小さな悲鳴が聞こえ、馬車が乱暴に止まったのだった。
リスティンはすぐに、馬が女を蹴ったのでは?と慌てて馬車を降りる。
すると馬の前辺りに娘がひっくり返っていた。
おまけに辺り一面には、斑点茸がたくさん散らばっていた。
御者は馬を落ち着かせるのに必死になっている。
リスティンが娘に近寄ると、すぐに娘は起き上がった。
怪我1つしていないらしい。
すぐに散らばった斑点茸を集める。
リスティンは驚いて、斑点茸を集める腕を止めた。
「この茸は病気になるぞ。触るのは止めるんだ」
すると娘が顔を上げた。
明るい茶色の巻き髪。
コバルトブルーの強い力のある瞳。
小さな赤い唇…。
娘はリスティンを見上げ、ニコッと笑った。
「えぇ、知ってるわ!でも、斑点茸病の予防薬及び治療薬には、どうしても斑点茸が必要なんだもの…。こんなにいっぱい斑点茸があるってことは、この辺斑点茸病が蔓延する恐れがあるってことよ?だから…」
リスティンは娘の腕を放し、顔を覗き込んだ。
「君は…。シェンシェスから送られてきた薬師なのか?」
娘は首を傾げる。
「?いいえ。あたしは旅行者よ。シェンシェスで薬は学んだけど。って、もしかしてもう発症してる人がいるの?!大変!早く薬作らなくちゃ!!あ、それから予防薬予防薬!」
娘は大慌てで斑点茸を集めると、火擦り棒(火をつけるためのもの)を擦り合わせた。
リスティンはそれを見て、パチンと指を鳴らす。
ボッと斑点茸に火が点いた。
娘は嬉しそうな顔になる。
「あなた火の魔法が得意なの?ちょうど良かったわ!このまま斑点茸の斑点の部分を燃やし尽くして!特上の薬になるわ。あたし水系の魔法しか上手にできなくって…。この斑点の部分が病気の元なの。だけど、この茸自体は物凄い生命力を持ってるの。だからこれを使えば貴重な薬になるというわけ。発症してない人が予防薬を飲んだら斑点茸に触っても大丈夫よ。皆で斑点茸を摘み取ってしまえば、病気の蔓延は防げるわ。時間との勝負ね。早くしなくちゃ…!」
娘は燃える茸を眺める。
そして背負っていた袋から、小さなビンを5つ取り出した。
「改良した予防薬はこれ5つだけ。この領地にどのくらい人がいるの?ご領主様は大丈夫かしら…?」
娘が不安そうに口にすると、リスティンが答えた。
「ここの領主が第一号発症者なんだ。…意識もほとんどない。このままだと遠からず召される…」
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