ファシオミル

□人魚のいる湖
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秋深くなったある日。
ルーデンス子爵は友人のリッテア公に相談していた。
「…コレットはパーティーが嫌いで…。このままでは結婚に支障をきたします。エスコートしてくれる男も勿論いないし…。そこで公爵の下の公子をお借りしたいのだ!王宮の園遊会に1度で良いから連れて行ってくれないでしょうか…?」
リッテア公はちょっと苦笑する。
「…ロテールは女にだらしないと言われていますよ?コレット姫はおとなしい方だと伺っています。…ロテールで大丈夫ですか?」
ルーデンス子爵はちょっとウッと唸り、少し考えたが頷いた。
「…コレットも少しは男の扱い方を覚えたほうが良い。おまけにパーティーで引っ張りだこになっているロテール公子ならば、パーティー慣れしていないコレットも楽だろう」
リッテア公はルーデンス子爵の言葉にうっすら笑って、下の息子をルーデンス子爵領に行かせることを承諾したのだった。


「…へぇ〜。ここがルーデンス子爵領か…。綺麗なところだなぁ…。自然がいっぱいだ」
淡い金色の髪を揺らし馬に跨り、ロテールは朝早くルーデンス子爵領に入った。
本来ならもっと遅い時間に入るのが普通だが、ハッキリ言ってこんな辺鄙な場所に来るならゆっくり領内を見物したいと思ったのだ。
子爵領に入るのには1本の山道しかなかった。
本格的な冬になると、その道も閉ざされるという。
夏は避暑地として賑わい、国王陛下ご一家もいらっしゃるというが…。
(コレット姫の話は聞かないな…)
そう。
顔のだだっ広いロテールでさえ、ルーデンス子爵家のコレット姫の話題は1つも聞いたことがなかった。
(うぅ〜ん。父上の話では、おとなしい姫だって聞いたけど…。おとなしくても物凄いワガママだとツライな。まぁ、園遊会に行くだけで良いのならなんとかなるか…)
ロテールはそんなことを考えながら、馬の首を回し観光名所の聖水でできた湖に向かった。


早朝の誰もいないはずの湖から、水音が聞こえる。
ロテールはなんとなく、音を立てないように木の陰から湖を見た。
初めはなんだか解らなかったが、白金色は髪だと気づくと全体像が解った。
「…人魚がいる…」
聖水だから居てもおかしくはないが、ロテールには目の毒だと思った。
白金色の巻き毛と、綺麗に整えられた三日月の眉毛。
長い睫毛に縁取られた、海に沈む太陽のような赤みがかった橙色の瞳。
白い2つの膨らみが、男心をそそる。
括れた細い腰は、力を入れたら折れてしまいそうだ。
そのままボンヤリと見ていたロテールが、ハッと目を見開いた。
(…人魚じゃない!)
ロテールは目を凝らす。
人魚だと思っていた娘が湖に潜る。
そのときに丸い尻を見せ、白い脚で水を掻いたのだ。
その肢体にロテールは動揺して、娘が潜っている間にゆっくりと湖から離れたのだった。


持ってきた朝食を眺めの良い、まだ緑色の残る原っぱで座って食べる。
頭の中はボ〜ッとしていた。
赤橙色の瞳と白金色の髪、そして赤い唇が頭の中を踊っている。
(…スタイル抜群に良かったな…)
思い出すと幾つか浮名を流した自分でも、ほんのり赤くなるのが解った。
「…なんとか素性が分からないかな…?」
近づいてみたい、話してみたい、…口説いてみたい。

ゴホッゴホッ!

スープも口に含まず、サンドイッチを口に放り込んでいたので咽る。
慌ててスープでパンを流し込んだ。
そして全てを平らげるとパン屑を落とし、食器を片付け馬に跨った。
(彼女のことを調べ上げるまで、子爵家に滞在しよう)
そしてロテールは愛馬を走らせたのだった。


湖から上がり休もうとしていた娘は、馬の嘶きと地響きでもう一度湖に戻った。
縁を陰にしてその馬を見送る。
「…こんな早朝から、どなたかしら…?朝早いから大丈夫だと思ったのに…。って今の方、髪は薄い金色だったけど、瞳の色薄紫だったわ。大変!ロテール様だわ!早く城に戻らないと、お父様に怒られちゃう!!」
コレットは日課の水泳を切り上げ、タオルでザッと身体を拭いた。
そして魔法で髪を乾かし、慌ててドレスを纏いブーツに足を入れる。
恥ずかしいなどと言っていられずコレットはドレスを両手でたくし上げ、城に向かって走り出したのだった。
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