Tales of Graces
□真夏の夢現
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「ヒューバート!次はあそこ行こう!」
今日は各自自由行動にしようという兄さんの突然の提案により、僕は舞い上がっていた。
だって大好きな読書がたくさんできると思ったから。
そう、思ったのも束の間。兄さんに腕を引かれ、連れてこられた先は人で賑わう街中だった。
「僕はもう疲れました。行くならどうぞお一人で」
「それじゃあ意味ないんだよ!」
兄さんの言う意味がわからなくて、先程兄さんの指差した先を見た。
するとそこには「お二人様限定!お好きなアイス1本プレゼント」の文字。
ああ、なるほどな。とは思ったものの、すんなり同行するのは僕が損だ。
そこで僕はつまらない条件を出す。
「行ってあげてもいいですが、条件があります」
「条件?なんだ?」
「アイスのひとくち目は僕がいただきます」
我ながらなんて幼稚だろうか。しかし兄さんにとっては重大なことだ。
「…それだけか?全然構わないけど」
と思っていたが、そうでもなかったようだ。なんだか自分が恥ずかしい。
「…そ、それならいいです。さあ、行きますよっ!」
スタスタと歩いてアイス売り場に行く。店員が爽やかに微笑みながら棒アイスを差し出し、兄さんがそれを受け取る。
「ほら、ヒューバート。ひとくちやるよ」
「…いただきます」
なんだか今更だが恥ずかしい。しかし言い出したのは僕なのだから仕方ないと勇気を振り絞ってひとくちかじった。
「どうだヒューバート。美味しいか?」
「…ええまあ」
兄さんは、そうか、と満足気に笑うと僕の食べたところからしゃりしゃりと食べ始めた。
その様子を眺めていた僕の頭に、ある言葉がよぎった。
「間接キス」
突然発せられたその言葉に僕はびっくりして兄さんを見た。
兄さんはいつもの笑みを浮かべて此方を見ていた。
しかしその優しげな笑みはしだいに真剣な表情へと変わっていった。
明らかにいつもと違う兄さんに、僕は一種の恐怖を覚えた。
「兄、さん…?」
「ヒューバート、俺、こんなものじゃ足りないよ」
兄さんは何を言っているんだ?
頭に疑問が浮かび、兄さん、と声を出そうとするがそんな間もなく兄さんは僕の口を塞いだ。
これは…一体何だろう。
この不思議な感じは…何だ。
今、何をしている?
今、僕たちはどこにいる?
僕と兄さんのカンケイは?
全ての自問に自答し終わったとき、僕ははっとした。
そして兄さんを両手で突き放した。
思いのほか力が入り兄さんは少しよろめいたが、自前の反射神経で体制を整えた。
「兄さんっ!貴方、何をっ」
「キス」
「そういうことではありませんっ」
じゃあなんだと言わんばかりに兄さんは僕を見た。
「なんでっ…僕たち兄弟ですよね?こんなの普通ではありませんよっ」
まるで悪い夢を見ているようだ。
あの兄さんが、僕に…キス?
信じられない。
そんなことを思っていると、いつのまにか近づいていた兄さんに顎を押し上げられて目線を合わせられた。
「普通?そんなものに縛られていたら俺たちは結ばれないだろう?」
ああ、この人はどうかしてしまったのだろうか。
左手に持つ溶けかけたアイスには目もくれず、ただ右手に持つ僕の顔についた目を見つめている。
ああ、暑さのせいだろうか。顔が熱くなってきた。
とうとう兄さんの左手のアイスが溶け出していくのを、僕は遠目に見ていた。