Tales of Graces

□ぬいぐるみにキス
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「アスベル」


愛しい人が俺の名前を呼ぶ

しかし俺はそれに応える気はない

なぜなら、俺の愛しい人は今、俺と冷たい壁とに挟まれて此方を見つめているのだから

そんな些細なことになどもはや興味はない

それを知って知らずか、彼女は俺の反応を気にしている


「ねえ、アスベル」


また彼女が呼んだ

しかし俺は応えない

代わりに、彼女の柔らかな薄紫の髪を撫でた。すると微かに甘い香りがした。


「桃の香り…」


きっとシェリアが勝手に香水をかけたのだろう

シェリアと何ら変わらないのに、それが彼女になると途端に意識してしまう

俺はもう末期なのかもしれない


「ソフィ…」


壁に押し付けられていた小さな体をぎゅっと抱き寄せた

少し冷たくなったその体からは、どく、どく、と音がする

俺の心臓はばくばくとうるさいのに、それよりもはるかに落ち着いていてどこか哀しくなる


やはり、俺はまだ…


「アスベル、どうしたの」

「………。」

「………?」

「ソフィ」


愛しい人の愛しい名前

抱きしめた手に力が入る

しかし彼女は何も動じない

本当に彼女は人間ではないのだろうか。こんなにも温かくて、愛しく想えるのに…


「アスベル、へんだよ。いつものアスベルじゃない」

「…そうだな」

「私、いつものアスベルが好き」


彼女の発した"好き"に、俺ほどの感情はないのだと思うと、どうしようもない気持ちに駆られる



それでも、俺は君を…



彼女の細い肩に手を置き、ゆっくりと口付けた





愛しくて仕方ない、大切な君




手離すことはもうできない

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