Pokemon

□終わりと始まり
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「負け、た……?」


見慣れた玉座の間で、黒い英雄と呼ばれたそれは倒れた。同時に、僕の野望も崩れ落ちたことになる。それは予期せぬ事態である。しかし自分が今置かれている状況を理解するのに時間はそうそうかからなかった。
呆然としていた僕に、まるで刃物のような言葉が降ってきた。


「使えぬ。実につまらぬ道具だ」


目の前が真っ白になる。頭の中も真っ白になる。何も聞こえない。何も入ってこない。何も受け入れない。全てを拒否している。僕はとうとうおかしくなってしまったようだ。


「フン。クズは下がっておれ。」


ゲーチスが何かを言った気がしたが、もう僕には届かない。ああ、そうだ。いつだってアナタはそうだった。
僕はアナタの作った世界が全てだったのに。小さな世界が、僕の全てだったのに。僕は知らなかったんだ。外の世界の存在を。僕の世界の他にも世界があることを。そして外の世界はあまりにも眩しくて、でも目を瞑ってしまいたくないほど、綺麗だってこと。もしそんな世界で暮らせていたなら、こんなところに僕は今居なかったのだろうね。僕もあのあたたかい世界で、トモダチを作りたかった。そして、できるのならキミのようなトレーナーと共に居たかった、かな…


「N!」


"キミ"の声でNは、はっと意識を取り戻す。そして目の前の存在に視線を向ける。


「トウヤ……」


名を呼ぶと、安心したかのようにやわらかくトウヤは笑った。その笑顔の後ろで、膝を落とし、誰かが何かを喚いている姿が見えた。それが誰であるかを認識した僕は目を疑った。
それは紛れもなくゲーチスで。


「なん、で……?」


なんでアナタがそのような格好を?
僕が失敗したから?僕が役に立たなかったから?僕が負けたから?ねえ、僕が悪いのですか…?


「…勝ったんだ。僕が」


おずおずと、でもはっきりとそう言ったトウヤ。その言葉に不思議と僕の気持ちは軽くなる。まるで何かが解けていくような、不思議な気持ち良さが僕の中に溢れてくる。トウヤ、キミはやはりただ者ではなかったんだね。


「僕、ずっと考えていたんだ。僕がNにしてあげられること」

「トウヤが?僕に?」

「此処に来る途中、Nのことをたくさん知った。Nの部屋も見た。Nのことを考えると、すごく苦しくなった」


あの部屋を…、僕の世界を見たんだね。キミなんかが知らなくていい、歪んだ空間だというのに。
そんな場所で育った僕に、キミは一体何をしてくれるというの?僕を受け入れてくれる場所なんて、何処にも存在しないのに。


「ずっとこんなところに居る必要なんかない!世界はとても広いんだ」


知っているよ。外の世界の広さを、美しさを。だってキミが育った世界なんだ。綺麗でないわけがない。


「N、全てはN次第だ。でも僕はできたらそうしてほしいんだけど」


…ねえ、もしかしてキミは……
キミの言おうとしていることがわかってしまった。誰でもない、キミだからこそわかってしまった。


「もし良かったら僕と、いや、僕たちと一緒に…」


「ゼクロム!!!」


Nの叫びと共に、ゼクロムは起き上がり、うなり声を上げた。トウヤは一瞬の出来事に動きが止まってしまった。
ゼクロムは壁を突き抜けて外へ出ていった。それを追うかのようにNも振り返って歩き出す。


「N!!」


ごめんトウヤ。キミの言葉の続きを思うと、とても嬉しくて、でもそれ以上に辛いんだ。だから、僕はその頼みに応えられそうもないよ。だから…


「僕は旅に出るよ。ゼクロムと一緒に」

「でも…、だったら!」
「キミの言いたいことはわかってる。でも僕は1人でいい」


これが僕の精一杯の強がりだった。気づいてくれなんて言わないよ。だってもし気づかれたら、僕はきっとだめになる。
僕はトウヤに向き直って、広がった距離を埋めていく。そしてトウヤを抱きしめた。


「え、ちょっと、N!?」

「大丈夫。キミたちと同じ世界で生きてくから」


自分を勇気づけるかのように呟いた。トウヤから離れるのが少し名残惜しいが、腕を離し、ゼクロムの待つ外へ向かって歩き出す。


「……Nっ!!わかったよ。でも、忘れないで。僕はずっと待ってる。また会える日を」


城の砕けた外壁に足をかけ、もう一度トウヤを見る。そんな悲しそうな顔しないでよ。最後くらい、僕のために笑ってくれてもいいのに。僕ならそうするよ。……なんてね、どうやら僕は本当にキミが好きらしい。なんだか可笑しいくらいだ。




でも、お別れ。




「サヨナラ」


僕の大切な人。
僕に、変わるきっかけをくれた人。
僕に、新しい世界をくれた人。


そして、


大好きな人。



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