恥文

□脳内迷宮
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なにかが芽吹く気配がする。深く深く根を張って、大きく伸びて…――

その変化。

気づいて、頭の芯が冷えた。


[脳内迷宮]


山積みの書類を処理し終わったのは丑三つ近く。「今日はこの辺にして…」などという思考は浮かばない漢の影が、大きく伸びをした。

「…はぁ」

ため息を一つ。
眠りたいのは山々だろうが、集中しすぎて目が冴えてしまっているらしい。月は明るく輝いて、風も良い。
久々に趣味の散歩でも…と灯りを吹き消して立ち上がる。

仄蒼い世界を歩いているうちに、城下町まで来ていた。壬生を出入りする時に足早に通り過ぎるだけの場所を眺める。寝静まった町に音は無い。時たま吹く風だけが、この世界に現実感を与えていた。

またしばらく足を進めると、水の流れる音がしてきた。己の能力の性なのか、自然とそちらに向かってしまう。

音の正体は小川だった。
清らかな水が、月光を弾きながら小石の上を滑っていく。

ますます現実が遠のいて、くらりと目眩がした。
小川のそばに腰を下ろして指先を水に浸す。
夏とはいえ夜は冷たい。
ぼぅっと景色に見入っていると、光がふわりと横切った。
ハッとして光を目で追った。
「……螢」
その言葉を合図にしたように、数え切れない螢が舞う。

息を呑んだ…―――

背筋が泡立つほどの美。
本当に、夢が現かわからなくなった。


光と同じ名の義弟がいる。自分とは何もかも逆で、瞳の色だけが似ていた。その存在さえ知らなかった弟を、同じ五曜星になって見かけることが多くなった。

向けられる憎しみの眼差し。

それも仕方のないことだと平然と受け止めてきた。

――…平然? 違う。

別に嫌いではない。できることなら…

叶わないと知っていて、諦め半分に願ってみる。ほんの、戯れ。

拒絶のたびに痛む不可解な自分の心。

なにが、そんなに苦しいのか。
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