【You can take it from me】



冷たい。
真っ暗の中、何もない世界でスザクは思った。
何が冷たいのか、暫くして気が付いた。

ぽつん、ぽつん

水の滴る音。それは下を振動させ、足が水に浸かっているのが判った。あちこちから聞こえる音。
ただそれだけで、冷たい世界はお前は一人なのだと云っているように思えて、思わず耳を塞いだ。
厭だ。厭だ!此所はなんなんだ!
急激に襲いかかる恐怖。光の無い暗闇に漸くこの現状が普通ではないことに気が付いた。何故、此処に居るのか。

スザク―――

ふと、声が聞こえた。
知ってる?でも判らない。辺りを見渡したが、何も見えてこない。

スザク、スザク

ぼんやりと小さな光とともに人影が見える。
今にも闇に溶けてしまいそうな漆黒の髪と正反対に雪の如く白い肌。吸い込まれそうな、どんな宝石より美しいアメジストの瞳。

――僕を呼んだのは、君?

声に出さなかったのにその問に彼は頷いていた。気づいたら目の前に彼はいた。

―早く見つけてくれ、もう時間がない

彼はスザクの頬を包み込んで語りかけると、すっと消えてしまった。光も消えてしまって、スザクは慌てて探した。
見えない。見えない。何処にいるの?

―見つけてくれ

頭の中で再び聞こえた。ねぇ、何処に行ったんだよ?

「っルルーシュ!!」
「っ!…なんだっ突然」


目の前には綺麗な青空があった。確かスザクは真っ暗な光の見えない、何もない所にいた筈。あれ?と首を傾げたスザクにルルーシュは馬鹿がっ、とため息を溢した。

―あぁ、そうだった

ようやく落ち着いて真っ暗な世界が夢だと理解したスザクは、上半身を起こした。
スザクはこの公園に無理矢理ルルーシュを連れ出して、天気がいいから気持ちよくってそのままベンチで


「寝ちゃってた?」
「あぁ、1時間ほど」
「ごっごめん!連れ出しておいて」
「いや、お前もテスト明けで疲れたんだろ?バイトも忙しいみたいだしな、たまにはいいだろう」
「あ、ありがとうルルーシュ」


少しだけルルーシュは笑って、気にするな、と言ってくれた。そうやっていつもスザクを気遣ってくれるルルーシュが、スザクは好きだ。
高校に上がって初めて出来た友達、いや親友になれた。そのことをスザクは誇りにさえ思っている。口が悪いのは不器用なだけでとても優しい。
この2年ずっと傍にいて毎日が楽しくて仕方なかった。ルルーシュが与えてくれるモノ全てが新しかった。
余りにもついて回るもんだから、お前は犬だな、なんて云われたけど、スザクにとってそれは嫌味なんかしゃなくて、傍にいていい証拠だと思えた。スザクにとってルルーシュは特別だ。
だから、最近の夢には毎度混乱させられた。
少しずつ違う夢で、訴えるように、責められるような、心が痛くなる。


「また見たのか?」
「うん、前よりリアルだよ」


ルルーシュによく似た、でも雰囲気はまるっきり違う。彼はスザクに云う。見つけてくれ、ただそれだけ。
でもあまりにも泣きそうな顔は、ルルーシュにそっくりな所為か頭から離れない。夢が夢だなんてスザクには思えなかった。
見つけなきゃならない。その為に、ルルーシュに一度詳しく聞いたが、ルルーシュは知らないと云うだけで、進展はない。
しかしルルーシュは全て知っている。当事者なのだから。しかしスザクは知らない、いや覚えていないと云った方が正しいだろう。
それは当然だった。もう、昔の話なのだから。


「変かな?」
「え?」
「普通は夢だって思うのに、もし無視しちゃったらとても大切なものを失うと思えて…やっぱり可笑しいって思うだろ?」
「……いいんじゃないのか?気になるんだろ、俺は変だなんて思わない。だから俺に聞いたんだろ?」


――――離ればなれになるのは、これが最初で最後。
――――すまない、俺の所為で。
――――ルルーシュ僕を信じて、必ず探すよ。そして今度こそ一緒だから。


あの時、スザクが言ったように成し遂げようとしてくれている。その瞳は変わらない強さで前を見ている。ルルーシュは当時のスザクを重ねながら、微笑んだ。
例え知らなくても、スザクがスザクであることに変わりはない。ルルーシュにとって何よりもそれが一番大切なのだから。
またスザクにとってもそれは同じ。傍にいたいと願うのはルルーシュだけ。互いに呼応し合う。スザク自身それに気付いてないが。

しかしのんびりとはしてられない。時間は刻々と減っている。“彼”が出した条件には程遠い。
もし、駄目だったら永遠に二人は交わることがない、世界の端と端に追いやられてしまう。
それだけは嫌なのだ。それは絶対ない、そう以前言い切ったスザクだが、ルルーシュには不安で仕方なかった。


「……あぁ、でも糸口が見つからない。今にも泣きそうなんだ、見つけてって。だから、見つけてあげたい。僕がイヤなんだ、笑った表情が見たい。…上手く言えないけど」

――――僕は貪欲な“人”だ。君が欲しいだなんて傲慢なんだ、でも君は笑って赦してくれるんだろう?僕は幸せな人だよ。君の傍にいられる。


「ルルーシュ?」


ルルーシュはスザクの呼ばれて、我に返った。頬に違和感があり、手を添えてそこで気が付いた。どれだけ寂しく、不安だったのか。
泣いている。ルルーシュが泣いている。スザクは初めて見る姿に戸惑った。目の前のルルーシュがスザクには、夢の人と同じに見え、やっぱりそうなんだと、納得した。
必死に止めようと袖口で拭うが止まってくれない。ルルーシュは顔を伏せて誤魔化すように、目にゴミがなんて云ったが、天然だ馬鹿だと云われるスザクにだって下手な嘘だと、思わせるほど大粒の涙を溢す。
スザクはルルーシュの腕を引き寄せて抱き締めた。僕がルルーシュを守るんだ。
今までこんな風に思ったこはなかったのに、自然と昔からよく思っていたように、すっと心の中から溢れた。


「やっぱり、君なんでしょ?………ううん、君なんだ、夢の中で僕を呼ぶのは」
「…………」
「やっと、会えた」
「………まだ、だ…」


安堵の息を溢すスザクに、何も条件をクリアしていないとルルーシュは心の中で唱えた。ルルーシュはスザクの腕の中が抜け出すと、立ち上がる。
スザクはルルーシュの行動が判らない。見つけてと云ったのに、何故そんな悲しそうな顔をするんだ。何故笑ってくれない?
スザクは問うことはできず、眉間に皺を寄せた。そんなスザクの気持ちがルルーシュには判っていた。でもルルーシュにはなんとしてもスザクに気づいて欲しいから、今のままで甘んじる余裕はない。


「自力で探せ、スザク。俺は何も云えない」
「探す?何を?ルルーシュ、訳が判らないよ!」
「俺は俺であって、俺ではないから」
「何を云ってるのか判らない」
「…スザク、見つけて」
「…………」
「俺は、お前に逢えて幸せだ。でもお前の運命を変えてしまった。罪だと判っていてもお前と共に居たかった。今でも、想いは変わらない。だから、待ってる」


だから、少しだけさよならだ。
サァー、と強い風が吹きスザクは思わず目を瞑った。待って、ルルーシュ!
再び目を開けた時には既にルルーシュの姿はなかった。





****




『お前は選ばれたんだ』
『やっとお会いできるのですね』
『あぁ…………さぁお見栄になった』



『私の使い人は、お前か、スザク』

『初にお目にかかります、空の神、ルルーシュ様』

!!!!

スザクは飛び上がった。
ルルーシュが学校を休んで1週間。訳がわからないまま、ルルーシュは姿を消した。説明してほしいと、家に行ったこともあったが、彼の妹、ナナリーから門前払いを受けた。
ルルーシュに逢いたくて仕方なかった。夢の理由も勿論だが、何よりスザクはルルーシュに逢いたかった。
逢いたくて焦がれた。これがなんなのかスザクには説明できないが、確かにある想いに戸惑いを覚えた。そんな戸惑いが己の中で増えたことと、夢の内容の変化はルルーシュに近付けるのではないか、とスザクは確信にも似た思いを抱いていた。
始めの夢の変化は、スザクが初めてルルーシュとあった入学式。それからのルルーシュとの思い出。それに混ざるようにして、ルルーシュ似た別のルルーシュと妹であろう、ナナリーの姿。
そして今日見た、スザクでありスザクではない、己とルルーシュ。
なんなんだ、あれは。使い人?僕が?神?ルルーシュが?
まさか…そんな非現実的すぎる。
頭を横に振ってみたものの消えるわけもなく、鮮明にスザクの中に刻み込んだ。
俺は俺であって、俺じゃない。1週間前のルルーシュの言葉が頭の中横切る。まさか、ホントに?
スザクはベッドから出ると、私服に着替え身支度を整えると家を飛び出した。今日は登校日だったがスザクには頭そんなことは消えていた。


「よろしいのですか、お兄様?集会なら私が」
「ナナリー、大丈夫だ」


スザクは飛び出してルルーシュの家の前に来たものの、はっきりと明確な答えを持ってないスザクをルルーシュは会ってくれるのだろうか?又はナナリーに追い返されるのでは、とスザクはインターホンを押せなかった。
何の為に来たんだと自分を奮い立たせてはみるが、結局は押せなかった。何度か繰り返しているうちに、ふと声が聞こえた。声を辿れば庭先にルルーシュとナナリーの姿があった。
見たことない、いや夢の中であった神と名乗ったルルーシュと同じ衣装のような、華やか衣服を見にまといルルーシュはスザクに背を向けていた。ナナリーも似た衣装で、少し困惑した表情でルルーシュを見詰めていた。
綺麗だ、ルルーシュは何でも似合ってる。ふと頭の中で過った。慌てて頭を降って追い出した。今そんなこと考えてる場合ではないのに。スザクは聞こえてくる会話に耳を傾けた。


「でも、随分疲れていませんか?やはりスザクさんのことが」
「集会とは関係ない」
「関係あります…そんな状態で行かれては皆さん心配しますよ?」
「俺を?冗談はよせ、罪深きものをそう簡単には赦す存在ではないだろう」
「いいえ、もう誰もお兄様のこと」
「ナナリー、お前は俺の後継者だ。でも今回の集会は現神々の集まり、彼らは俺を恨んでるよ。だからそんなところにナナリーを行かせるわけにはいかない。判ってくれ、ナナリー」


スザクは隠れたまま、やはりそうなんだと理解した。盗み聞きなんて罪悪感があるが、堂々と会いに行けないのもまた事実。
しかしルルーシュは集会に行ってしまい、会えなくなる。直ぐ帰ってくるのか、暫く帰ってこないのか、はたまたもう帰ってこないのか。兎に角もう迷っている暇はないと、覚悟を決めるしかない。スザクは拳を作った。


「スザクさんが羨ましい、お兄様が羨ましい、こんなこと後継者の私が云っては駄目なのに」
「ナナリー?何を…」
「どうして私達は人ではないのでしょう、姿形は同じなのに」
「…………それが俺達の宿命、なんだろうな、その宿命から逆らおうとしてるんだ、俺は」

「それが僕の所為?」


ルルーシュは慌てて振り返った。そこにはスザクが立っていた。目の下の隈を見て、夢の所為で不眠症がでているのだと思うと、ルルーシュはいたたまれなくなった。
ナナリーも予期していなかった。何故?兄の前に出てスザクと対峙する。しかし、それはルルーシュに止められた。ルルーシュの優しげな笑みにナナリーは渋々、ルルーシュの後ろへ下がった。
ルルーシュはスザクに向き合った。今のスザクに出会ってこの格好で会うのは初めてだな、と今関係のないことを思った。スザクが此処へ来た。そして今の会話を聞いていたであろうスザク。


「俺を見つけられたから来たのか?」


回りくどいことはしたくなかった。ルルーシュは単刀直入に聞いた。スザクは遠慮がちに頷いた。


「半信半疑だったけど、今確信してる。君は空の神、ルルーシュ」
「あぁ、そうだ」
「そして僕は…使い人だった。君は僕の所為で本来いるべき世界から人間の世界へ来ているの?」
「それは違う」



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