[御題]チョコの溶ける温度 *バレンタイン企画*










 「2月14日?」



 「そ、バレンタインの日w」

 瓦礫に座っている神威の前で、封真がニコニコ笑って話しかけてくる。
 だが神威の機嫌は少し(いや、かなり)悪い。
 久々の晴天にこうして都庁から出てきたと言うのに・・・何故・・
 宿敵タワーリーダーの封真が目の前に居るのが気に入らないのだった。
 まだ他の人間の弟ならまだしも、あの変態星史郎の弟と言うのが一番気に食わない。
 防雨服を手元に、細長い足を組んで、じろりと横目で封真を見る。

 「・・・・で、そのバレンタインとか言うのがどうした?」
 「『で』?」
 「だからバレンタインがどうしたと聞いてる」
 「・・・・・・なぁ、神威。バレンタインって何の日か知ってるか?」

 どうでも良いような神威の口調に、封真はほんの少し不安感を覚える。
 相変わらず冷たい視線が自分に投げつけられているが、それより冷たい考えが脳裏を横切った。
 ・・・まさか、バレンタインが何の日か知らなかったりして・・・・

 「知らない」

 それだけ答えると、神威は再び外に目線をやろうとした。
 だが神威が空を見る前に、強引に自分の方へ向かせる封真。
 その瞬間背筋に悪寒が走る。
 思わず爪を伸ばして、その目の前にある喉元を切りつけてやろうかと思った。

 「何す・・・・っ!触るな!」
 「触って欲しくなかったら俺の質問に答えろ」

 「・・・・・・・」
 玩具を取り上げられた子供のように、ムス、とした表情を浮かべる神威。
 何故封真のいう事を聞かなければならないのか。
 兎に角、今日は運が悪い。星座ランキングも最下位というところか。

 「・・・さっき言った言葉。もう一回言ってみろ」
 「『知らない』」
 「・・・・・・・嘘だろ?」 
 「何で俺が嘘を付くんだよ!もう良いだろっ!どけ!」
 「いいか神威。バレンタインって言うのはチョコを尊敬してる人とかにあげる日なんだ」
 「・・・あ、そ」
 「神威・・・・・本当に意味、分かってるのか?」

 呆れた口調で言うと、神威はしばらく考え込み「ああ」と短い答えを返す。
 返事が短い、と言う事は全く理解していないのだろう。
 それより何より興味の無さそうな視線と、表情。
 強いて言うならば、誰がお前なんかにやるか、だ。
 そもそもバレンタインなどこの砂の国でなんの役に立つのか。
 まだ他の国ならまだしも、何も無いこの国で貰って嬉しいものは水と食糧だろうと思う。

 「バレンタインにチョコ貰ったからって何の特が在るんだ?」
 「・・・・・・・寝技に持ち込める」
 「バレンタインに貰わなくてもお前はいつでもドコでも寝技に持ち込むだろ!」

 反論してくる神威。
 ギッ、と睨んでくる視線など、もう気にならない。
 ・・・・・・やはりこの神威からチョコを貰うなど、無理だったのだろうか。

 

 ・・ああ。無理だろうな。

 こんなに俺の事を嫌っている神威が、俺に物をプレゼントするなんて事自体在り得ない。
 急に黙り込んだ封真を見て、神威は小さく息を吐き出すとポケットに手を突っ込んだ。
 手探りで何かを探し、目当ての物が手に触ると其れをポケットから取り出す。

 「・・・・・ほら」
 「何だ、これ・・」
 「チョコだ、見て分からないか?」

 ・・・・・いや、俺が聞いてるのはそう言う事じゃなくて。
 何で今、あっさりと神威にチョコを貰わなければならないのか?って事を・・・

 「いらないのか?」
 「・・・・・・さっきの話、聞いてか?」
 「バレンタインのチョコだろ。だからコレ」
 「・・・・・・」

 神威が差し出した手の上には小さな包みに守られた、チョコレートが乗っている。
 ・・・・勿論、市販で売っている物である。
 恐らく前の世界で貰ったか買った物だろう。

 「・・・可愛い包みだな」

 封真は呆れてもう何も言えず、其れしか頭に浮かんでこなかった。
 ・・やはり原種吸血鬼からバレンタインチョコを貰うなど、夢のまた夢だったのか。
 いや、神威が人間でも無理か・・・
 バレンタインより、先に自分に惚れさせる、という事から始めるべきだったか。
 もうため息すら出てこない。
 まさか神威がこんなにも非常識だとは思っていなかった。
 神威は黙り込んでしまった封真を見る。
 そして封真に差し出したチョコの包みを開け、中身を自分の口の中に入れる。
 ・・・・・このチョコ、美味しいのに
 そう思いながら神威は瓦礫から腰を上げた。
 すっ、と動き封真の襟元を掴んで、背伸びして。
 その次の瞬間、封真は自分の唇に神威の唇が触れるのを感じた。
 一瞬だけの口付けかと思えば、急に舌を差し入れてくる。
 やたらと強引な入れ方に封真の眉が少し寄る。
 だが神威の舌が自分の口の中に入ってくると同時に、口の中が甘くなった。
 神威の舌と一緒に入り込んできた、甘い物。

 甘くてほろ苦い、味。

 神威は其れを封真の口の中に入れ込むと、唇を離そうとした。
 しかし封真がそんな事を許す事も無く、逆に今度は舌を強引に差し入れられてきた。
 其れは流石に予想範囲外だったのだろう。
 反射的に背を反らせ、抵抗の意を表すかのように腕を動かす。

 「・・・・・んっ・・、ぅ・・・!」

 神威の小さな声が零れる。
 熱い舌が触れ合い、舌を舐められ、神威の体がぴく、と震える。
 何度も何度も顔の角度を変え、舌を触れ合わせ、互いを感じ合う。
 そうしてやっと解放して貰った時には、互いの口の中が信じられない程甘かった。
 けれども苦みも感じる。
 ハ、ハ・・・と神威の荒い息。
 時々神威の細い指先がぴくん、と跳ね上がる。
 力が抜けた神威の体を抱きしめる。神威の長い睫が震えている。

 「・・・・・・さっきのチョコだろ、コレ」
 「分かってるなら変な事・・・するな・・・・・」

 肩に顔を埋めている神威が今、どんな表情をしているのかは分からない。

 「・・・・ありがとう。早いけどバレンタインチョコって事で貰っとく」
 「・・・・・・お返しなんて要らないからな」
 「貰ったものはちゃんと返すよ。・・・・・さっきよりも激しいキスで」
 「ばか・・」

 弱々しい声と共に荒々しい息が聞こえる。
 ・・・まだ快楽に浸ってるのか?神威 

 「―――・・・チョコ、美味しかった」
 「どうせキスの方ばかり・・」
 「まぁな。まさか神威が口移しでチョコくれるなんて思わなかったけど」

 わざわざ要らない言葉まで付ける封真。
 其れを聞いて神威が顔を更に赤める。

 「お返しは何が良い?」
 「・・・・・・そんなの要らない・・・」
 「駄目。・・・ちゃんと答えろ」
 「・・・・・」

 本当にお返しなんて要らない。
 欲しい物なんか何もないし・・・

 「・・・・本当に何も要らない」
 「なら、抱いてやろうか。皆が見てるような場所で」
 「だから嫌いなんだッ!」

 顔を真っ赤にして神威が叫ぶ。
 そんな神威に、封真は小さな笑みを浮かべる。
 ちゅ、と額に口付けて神威にだけ聞こえるように呟いた。






 「・・・ありがとう、神威」

 








 end.
 2008.2.6.



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