短編小説

□KEY
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――六年後――




 既都は太陽の国にいた。

 月の国のあった場所は今でも何もない。

 太陽の国の民も月の国には住もうとしなかったからだ。

 月の国の民はもういない。

 ただ一人、既都を除いて。


「……」


 時は深夜。

 もう太陽の国の民も寝静まってしまった頃。

 既都は家宝と言われて母から渡された剣を片手に太陽の国の城の前に立っていた。

 目的はただ一つ。


「王様を殺す」


 小さく呟いて剣を強く握りしめた。

 彼はただ、太陽の国に復讐することだけを考えて生きていた。

 それを今日、今から実行するつもりだ。


「……」


 辺りを見渡し、城の中へと足を進めた。

 数人の見張りはいたが、それだけらしく、入ること自体は苦労しなかった。

 しかし、問題はここから。

 入ったからと言って王様がどこにいるかなど、既都が知り得ることはない。

 とにかく薄暗い廊下をうろうろとしていた、その時


「誰だ!?」


 真後ろから声がかかった。

 とっさに振り返ると、そこにいたのは一人の見張り役の兵隊らしい。

 その人は既都が剣を持っていることに気が付くと


「し、侵入……!!」


 兵隊がそこまで言った瞬間、既都は素早く動いて彼の後ろに回って剣を突きつけた。


「静かにしろ」


「なっ……」

 静かな部屋に兵隊の声が小さく響く。

 しかしそれに構わず既都は


「王様の部屋に案内しろ」


 剣に力を込めて言った。


「し、知らない!! 一般の兵隊には知らされてないんだ!!」


 動揺を隠しきれない声で兵隊は答えた。


「お前馬鹿か? 王様の部屋も知らずにどうやって王様を守るんだよ」


 あからさまに既都が呆れた風な声を出してくると、兵隊も表情を引きつらせた。

 さすがに自分より年の若い既都に馬鹿にされるような口調をされるのは腹が立つらしい。


「知ってるよ。だが、お前に教えるつもりはない」


 はっきりと兵隊が答えると剣に加わる力がまた強まった。


「……っ」


 小さく兵隊の悲鳴。

 増して兵隊は動揺した。と、その時


「何してるの?」


 女の子の声で後ろから声がかかった。

 焦りを感じて振り返って見ると、そこには平然と立っている一人の少女。


「こ、紅蘭(コウラン)様!! どうしてこんな時間に……」


「うん、ちょっと喉渇いちゃってね」


 慌てた様子でいる兵隊に対して紅蘭と言われた少女は笑いながら答えた。


「で、あなたたちは何してるの?」


 兵隊と、剣を突きつけている既都を交互に見ながら紅蘭が問うと


「あ、こいつ侵入者らしくて……」


 横目で既都を指しながら兵隊は答えた。

 相槌を打って紅蘭は視線を既都へ移す。

 特に動かず、兵隊に剣を突きつけた状態でいる既都を見て紅蘭は苦笑。


「仕方ないね、今日のところは許してあげてよ」


「そうですよ、仕方ないですよねぇ……って、え?」


 一応わざとらしく間違えた風にしてから兵隊は聞き返す。


「だから、見逃がしてあげて。大丈夫よ。本当に悪い人なら今頃あなただって死んでるはずだよね?」


 笑みのこもった声で紅蘭は言った。

 そして次の瞬間には既都を兵隊から引き離して、既都の腕を引き出している。


「あ、ちょっと紅蘭様!?」


「大丈夫、この人は私が外に出しとくから!!」


 後ろから兵隊の声が聞こえるが、振り向きもせず紅蘭は急ぎ足で廊下を進んで兵隊の前から姿を消した。


「……何のつもりだ」


 兵隊が見えなくなったかと思うと突然既都は紅蘭の手を振り払う。


「え、何が?」


 意味が分からない、と言いたいように紅蘭は首を傾げて見せた。


「助けたつもりか? 余計はお世話だ」


 助けなど必要ないと言いたいらしい。


「だって放って置いたらあなた何するか分からないでしょ?」


「お前には関係ない」


「助けた以上関係あるの!! ほらほら、騒いでるとまた人が来る。こっち!!」


 無理やりに既都の手を引き、紅蘭は一直線に廊下を進んで行った。

 
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