短編小説

□航海日誌
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「ゲホッ、ゲホッ……」


 狭い部屋の中で小さく咳が響いた。

 そこにいたのはまだ若い少年、青年といった頃の人物。


「……あぁ、やっと止まった。まったく、やってられないな」


 口に当てていた手をどけ、彼は深く椅子に座り直す。

 窓の外を見ると、そこはただ海が広がっている。

 それを見ながら少年はまた小さく咳き込んだ。




第一話 光を求める者の記録




 とある海の真ん中に船が一つ浮いていた。


「あぁ、これどうするかなぁ」


 船員の数名が甲板に出て騒いでいる。


「やっぱり船長に報告しないと……」


「でも船長は今休んでるだろ?」


「あ、そうか。でもこのままにしとくのもまずい気はするが……」


 口々に船員たちは騒ぐ。とそこへ現れたのは一人の少女。


「何を騒いでるの?」


「ロディ!!」


 ロディ、と呼ばれた少女。

 口ぶりこそ大人らしく振舞おうとしているが、見た目は十五歳程度の少女。長いみつあみをした子だった。


「で、何の騒ぎ? 船長が今休んでるの知ってるでしょ?」


「だって、これ。見てくれよ」


 そう言って船員が指した先には、魚を捕まえるために船に積んである大きな網。

 網を囲んで船員が集まっていたが、ロディが来ると少し避けた。


「これがどうした……って、きゃ!!」


 網の中を覗いた瞬間にロディは一歩後退り。


「ちょ、何でこんな物!? さっさと捨ててなさい!!」


 網の中に敷き詰められていた物、それは大量のヒトデだった。


「ロディ、ちゃんとここ見ろよ……。ヒトデの間」


「え?」


 言われてからそっと覗き込む。

 するとまた


「きゃ!! 何で!?」


 声を上げて前以上に驚いた。

 見た先には、網の中に大量にいるヒトデと、その中から突き出している小さな手。

 ヒトデの隙間から生えたように突き出している手に、誰もが動揺していた。


「な、何で……子どもの手なんてあるの!?」


「知らないけどさ、どうするんだ?」


 船員に尋ねられてもロディ自身決めようがない。

 そうして船員たちが困っているとロディの後ろに、そっと一人の人間が立った。


「お前ら、もっと静かに騒げない?」


 どこか眠たそうな表情のまま表れたのは十代後半ほどの少年だった。

 薄茶色の髪を右のほうで束ねている。束ねている意味がないぐらいに適当な結びかただ。

 肌は不健康に見えるほど白く、一見船乗りには見えない。


「せ、船長!? 今は休んでるはずじゃ!?」


「っていうか、静かに騒げって方が無理よ」


 動揺した声を出す船員たちと、冷静に言うロディ。

 そう、そこに現れた不健康な顔色をした少年がこの船の船長。


「転じて黙れって意味だ」


「……て、転じて?」


 睨みつけてくる船長、フェズカに船員はただ首を傾げる。


「ふん。で、何の騒ぎだ?」


「これよ、これ。ヒトデ」


 フェズカを網の前まで案内してロディは網の中を指差した。

 すると、しばらく彼は口元に手を当てて何か考え込んだような格好を取る。

 しかし、それから


「抜いとけ」


 豪快にフェズカはその小さな手を掴んで、引き抜いた。

 そして、その手に続いて出てきたのは、当然のように、顔。まだ幼い男の子だった。


「……いつの間にこんな子どもが網に引っかかったんだか。まぁ生きてるみたいだし。ロディ、どこか部屋を空けてくれ」


「え? あ、分かったわ!!」


 男の子がちゃんと生きていることを確認してからフェズカが言うと、それに素直に従うロディ。

 急いでロディが船内に入っていくと、フェズカは男の子を運ぼうと抱えようとした。

 その時、フェズカの足が浮き


「……っ」


 音を立てて、彼はその場に倒れた。


「フェズカ!?」


 慌てて船員が駆け寄るが、彼は軽く片手をあげて平気ということを示した。


「ケホッ……つまずいただけだ」


「船長!! それ格好悪いから!!」


 心配かけまいとするフェズカ。

 しかし、軽く咳き込む彼を見て船員たちはやはり心配になる。


「フェズカは体が弱いんだから、気をつけろよ!! そいつは俺たちが……」


「平気だっての。ほら、自分の仕事してろ!!」


 手を振って、どこか行け、と無言のままに示す。

 それからフェズカは改めて男の子を抱えて船内に姿を消した。

 
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