短編小説

□言葉に〜心を込めて〜
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 静かな教室に二つの影。

 そっと窓から顔を覗かせると、下校していく生徒の姿もあった。


「そろそろ帰るか、ナツ?」


 二人のうちの一人である男子生徒は、ナツと呼んだもう一人に尋ねた。


「うん、暗くなるもんね」


 ナツは長い茶色の髪を持ち、横のほうを二箇所止めている女子生徒。

 本名は茨城(イバラギ ナツミ)と言う。


「支度できてるなら、行くぞ?」


 窓際から離れようとして、男子生徒は動いた。

 彼の名は鈴宮遥(スズミヤ ハルカ)。

 前髪を真ん中で分けた黒髪の少年で、通称ハル。


「……ねぇ、ハルくん聞いてもいいかな?」


「ん、何だよ」


 ハルはナツの正面にやってきて訊ねた。

 するとナツは一つ呼吸を整えてから口を開く。


「ハルくんには、心があるの?」


「どういう質問だよ?」


 突然言われた質問に、逆にハルが訊ね返してしまった。


「だってね、私にはハルくんの心が見えないよ? ただの、動いてる人形なんじゃないかって思っちゃうくらいに」


 どこか不安を含んだナツの表情。

 ハルがそれを黙って聞いていると、ナツはそのまま続ける。


「人に心があるって、私たちは知ってる。でも、それを証明することなんて出来ない……」


 また静かにナツが言うと、ハルは一瞬動きを止めた。

 それから彼は少々考える間を開けて言う。


「例えば……ナツがその言葉に心を込めるのなら、それは俺の心になり得るんじゃないか?」


「え?」


 言われた言葉に思わずナツは小さく反応した。

 しかし構わずハルは続ける。


「心とか体なんてさ、全部他からの寄せ集めでしかないんだ。だからこそ、心を込めればどんなものにも心は存在する。違うか?」


 軽く笑ってハルはナツに答えを求めた。


「なら、言葉を込めれば人形にも心があるね」


「たぶん、『人形には心がない』じゃなくて『人形に心があることを俺たちは知らない』じゃないのか?」


 触れることも、見ることすらできないから、知らない。それを聞くと、ナツはそっと微笑んだ。


「そうだね。そう考えたら、ハルくんには心があるね、絶対に」


「は?」


 断定されてハルは思わず間抜けな声を出したが、ナツは突然くるっと身をひるがえす。


「あ、もう暗くなってきちゃったね!! 帰ろう、ハルくん!!」


 鞄を手に持ち、ナツが先に教室を出て行く。

 それに続いてハルも教室を後にし、そこは静まり返った。


 
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