短編小説

□KEY
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 あるところに月の国と呼ばれる国がありました。

 緑豊かで落ち着いた雰囲気を出す小さな国です。


「……」


 その国にまだ小さな少年がいました。

 家の窓からそっと国の景色を眺めています。

 年頃は十歳前後といったところで、ゆったりとした黒い服に身を包む銀髪の少年です。


「既都(キト)? また外を見ているの?」


 後ろから優しく声がかかって呼ばれた少年、既都は振り返りました。

 そこには髪の毛を適当にまとめた彼の母が立っています。


「何か面白いものでもある?」


 母も既都の横について窓の外を眺めます。

 しかし、これといって面白いものが見えるわけではありません。

 ただ国の景色が広がり、その向こうに大きな森が広がっているだけです。


「母さん、あの森の向こうには何があるの?」


 既都は森のほうを指差します。


「……あの向こうには、太陽の国と呼ばれる国があるの」


「太陽の、国?」


 鸚鵡返しに既都が尋ねました。

 すると母は既都を正面に向かせて話します。


「ここは月の国。太陽の国とは森を挟んだ隣国」


「りん……? うん」


 話しが良く分からないでいる既都ですが、納得したように頷いて見せます。


「でもね、この国と太陽の国は昔から仲が良くないの」


「どうして?」


「随分前に戦争があったのよ。私も詳しくは知らないのだけど……」


 答えた母の言葉に既都は感心したようにしていました。

 すると突然母は何かを思い出したように立ち上がって、部屋の奥に姿を消しました。

 既都はただその姿を目で追っているだけです。

 少ししてまた戻ってきた母の手には長細い木箱が持たれていました。


「何、これ?」


 木箱を机の上に置く母の姿を見ながら既都が問いました。

 すると母は微笑んで、木箱のふたをそっと開けながら答えます。


「これは私たちの先祖が残した大切な家宝なの」


 聞きながら開いた木箱を既都は覗き込みます。

 そこには月の形の飾りが付いた一本の大きな剣が布に包まれた状態でありました。


「家宝?」


 剣を指して既都が問います。

 すると母は微笑んで頷きました。


「これはね、月の国と太陽の国を繋ぐカギ」


 呟くような小さな声でそっと言う母に既都は首を傾げました。

 そして補足して説明しようと母がまた口を開いた、その瞬間でした。


「ちょっと、早く逃げなさい!! 太陽の国の人が……!!」


 突然家のドアが開いたかと思うと、一人の女性が入ってきました。

 近所に住むおばさんです。

 必死に声を出しながらおばさんはドアの外を指差します。


「何かあったの?」


 おばさんの動揺をあおがないように母は冷静に対応します。

 それからおばさんが指したドアの外に目をやった瞬間、母は一歩身を引きました。

 見た光景は、他国の兵隊が武器を持って攻めてきているところでした。


「これは……」


 表情を引きつらせて月の国の民が倒れていく姿を見ました。


「早く逃げるんだよ」


 それだけ言い残しておばさんはさっさと逃げていきました。

 おばさんを見送ってから母は素早く動きました。


「既都!!」


「……」


 既都は不安な表情で母の側に寄ります。


「太陽の国の人が攻めてきたらしいね」


「……戦争?」


「そうね。……来なさい」


 机の上に置いていた木箱から剣を手に取って、反対の手で既都の手を引いて母は奥の部屋をへと行きました。


「逃げないの?」


「逃げるにはもう遅いわ。下手に出歩くより隠れたほうが安全よ。ほら、ここに入りなさい」


 言いながら母は部屋の隅にあった小さな箱に彼を詰め込みました。


「母さんは?」


「大丈夫。これを持って。いづれカギとなるものってこと、忘れちゃダメよ?」


 適当に微笑んでから剣を一緒に箱に詰め込むと、母は一方的にふたを閉め、その箱の上に布をかぶせて隠しました。


「静かにしてるのよ。外が静かになるまで、じっとしていなさい」


 箱に向かってささやいた後で母はそこから離れました。

 やがて、騒がしい音が家にも近付いてきます。

 物が崩れる音などが響いて、人々の悲鳴も国を包むほど響いています。

 そして、彼は悲鳴の中に、小さく、聞き覚えのある声を聞きました。






 随分経って、辺りが静かになった頃です。

 既都はそっと箱から首を覗かせました。

 そこには、何もありませんでした。

 煙が立ち上り、家は壊れてしまっています。

 倒れて動かない人々。

 ふと目をやると、母がそこに倒れていました。


「母さん?」


 少年はそっと母を揺すりました。

 反応が返ってくることはありません。




 その日、月の国は滅びました。



 
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